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「…心配する迄もなかったな。」
思わず口を突いて出た言葉に、隣に座っていた珠里が、ふと顔を上げる。気遣う様な視線を感じたが…俺は、素知らぬ風を装った。
自分の気持ちが揺らぐ前に、決意を固めてしまいたい。今日、俺は──このどうしようもない気持ちの全てに、ケリを付ける。白か黒か、ハッキリさせるのだ。
導師席の薙は、目の覚める様な朱赤の七條袈裟を身に付けて、荘厳に印を切っている。
第一本尊・大日如来。
第二本尊・不動明王。
真っ直ぐに向き合うその眼差しを、 此処から見る事は出来ない。
だが、さっきまで あれ程小さく頼り無く思えた背中は、今や金剛の力に充ち、強く輝いて見えた。
「俺が居なくても、あいつは大丈夫だ。 一人で、ちゃんと出来るんだよな。」
「烈火さん…?」
小首を傾げる珠里に、俺は云う。
「珠里。俺は今日で全てにカタを着ける。」
「カタ…ですか?」
「そうだ。答えを出すんだ。自分にも薙にも、お前にもな。」
切り出した気持ちの断片を、投げ掛けただけの会話に、珠里は一瞬、眉根を寄り合わせた──が。
それ以上、言及する事はなかった。
この物分りの良さは、そのまま珠里の優しさなのだと身に染みて解る。
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