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蒼摩が去った後。
薙は小さく息を吐いて、寂しそうに肩を落とした。へたりと座台に座り込み、 盃の縁に唇を付ける。
浮かない顔だ。
少し退屈しているのかも知れない。
──誘うなら、今だ。
勇気を振り絞って立ち上がると、 俺は上座へと歩を進めた。
「薙。」
「…烈火。」
「疲れたか?」
「うん、ちょっとね。」
「じゃあ、さ。ちょっと散歩しようぜ?気分転換にさ。」
そう言うと… 薙は、小さく肩を竦めて笑った。
「賛成。もう、お酒はいいや。散歩に行く。」
にこりと笑うと、薙は座台を降りて 俺の後について来る。
外は、 眩しい程の春の光に包まれていた。
のんびりとした午後の空の下──
陽射しを浴びた広大な庭園は、 暖かなそよ風に吹かれている。
「あの辺りの梅は、そろそろ咲きそうだな。」
そう言って指差すと、 『何処?』と薙が覗き込んで来る。
「あっちだよ…ほら。松林の手前。」
「あ、本当だ。蕾が赤くなってるね。」
微笑みを交わし合う俺達の間には、 春の陽と同じ、暖かな空気が満ちていた。
幸せな時間──
こんな日々が、明日もこの先も… ずっと続けばいいのに。
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