233人が本棚に入れています
本棚に追加
その時だった──
「薙!」
不意に、太鼓橋の向こう側から低い声が飛び、俺達は同時に顔を上げる。驚いて視線を巡らせたそこには、良く知る男が立っていた。
目の醒める様な群青の着物。
蒼灰色の袴を、見事に着こなす長身。
黒髪のその男は、俺と薙を見比べる様に眺めて言った。
「ここに居たのか。探したぞ。」
「一慶…」
奴の姿を目にした途端。薙は、僅かに身を乗り出した。一慶を見詰めるその瞳には、明らかな安堵と、熱く秘めた思慕の色とが混在している。
俺には、決して向けられる事の無い表情だ。
薙が、無意識に求めている男が誰なのか──否が応にも思い知らされる。
最初のコメントを投稿しよう!