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独り残された太鼓橋の上で、俺は暫く池を眺める──そして。背景の松林に向かって、背中越しに声を掛けた。
「出て来いよ、珠里。そこにいるんだろ?」
……カサリ……
冬枯れの落ち葉を踏む音と共に、薄桃色の振り袖を着た珠里が、静かに姿を現した。青々と葉を茂らせた松木の陰に隠れて、珠里は、この遣り取りの全てを見ていたのだ。
「すみません…私」
「いいよ。こっちに来い。」
手招きすれば、 珠里は気まずそうに進み出た。ゆっくりと俺の隣に並び立ち、池の水面に視線を投げる。
「見ていたのか、今の?」
「…ごめんなさい。」
それから暫く、俺達は無言で池を眺めていた。温い春風が、二人の間を吹き抜けてゆく。
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