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「はぁ…またやっちゃった…」
傍らで、珠里がどんより溜め息を吐いた。
酷く落ち込んだその様子に、俺は思わず吹き出してしまう。
「一緒に謝りに行ってやるから、そんな顔するな。」
「でも…」
「大丈夫だ。謝り方のコツを教えてやるよ。お袋の性格は熟知している。何せ二十数年間、謝り続けているかな。」
ガキの頃の嫌な出来事の数々を思い出して…俺は、少しだけ不愉快になった。本当に、鬼母の代名詞みたいな、お袋である。気の強さは、今も健在だ。
「…許して下さるでしょうか?? 奥方さまのお気に入りなんでしょう?」
不安を拭えない表情で、珠里は言う。
俺は、その顔を覗き込むようにして答えた。
「許すさ。お前は、俺の未来の嫁さんだからな。お袋も、追い出したりはしねぇよ。」
「──え!?」
驚く珠里の頭を引き寄せると、 俺は、その唇に自分の唇を重ねた。刹那の口付けは、甘い玉子焼きの味がする。
「うん。砂糖、多めだな。今日の玉子焼きは、上手く出来てるぜ。」
「あ…さっき試食した時の…?」
思い出した様に呟いて…珠里は、真っ赤に頬を染める。狙い通りの反応に、思わず口元が綻んだ。
「さぁ、潔く怒られて来るか!行くぞ、珠里。」
「はい!」
自然に交わす笑顔。
温かい思いが、心を満たす。
当たって砕けた末に見付けた──これが俺の本当の『答え』だ。これで良かったのだと、つくづく思う。
窓から射し込む、初夏の陽射し。
『未来の花嫁』の手をとって、俺は厨房を後にした。
─END─
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