午前3時は屋上で

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 そして初出勤の日がやってきた。気分は割と落ち着いている。なぜなら、数時間前にも彼に会ってきたからだ。こんな大事な日に睡眠時間を削ってまで行くべきではないのかもしれないが、今日からしばらくあそこへは行けなくなる。私事だが軽い送迎会を兼ねてと、やはり緊張していたので彼に勇気をもらいたかった。結果的にやはり行ってよかった。 「経験のない業界のため、皆様にはご迷惑をかけるかと思いますが、1日でも早くお役に立てるように頑張ります。よろしくお願いします。」  これから一緒に働く人たちに挨拶をしたあと、先輩に仕事の流れを一通り教えてもらった。 「最初は何もわからないと思うけど、どんどん質問してね。」 「はい。ありがとうございます。」 「あ、そうそう。今日歓迎会をやるから仕事が終わったら飲みに行こう。」  午後7時に歓迎会が始まり、社長を含め20人ほど参加していた。最初は僕に対してみんなが質問をして僕が答えるという時間だった。そうして打ち解けてきたあとに僕も仕事やプライベートなことをいろんな人に聞いてみた。数時間過ごしたがとても雰囲気のいい人ばかりだった。その中で僕と年の近い先輩が近くのバーで2次会でもどうかと誘ってきたので、男性先輩3人と僕はそこへ向かった。酒の入った男は小学生と変わらない。子供が話すようなくだらないことや下品な話で盛り上がった。そんな話をする中で 「みんなは最後の晩餐は何が食べたい?」 先輩の一人がこんなことを聞いてきた。 「俺は高級ステーキかなぁ。100g数万するようなやつ。」 「いや、そういう時は案外身近なものが食べたくなるもんなんだよ。例えば母親の手料理とか。」 他の先輩たちはこう答えた。 「そうですね。僕も素朴なものを選ぶかもしれないです。たとえばパンと牛乳とか・・。」  自分がこう言ったあと、酒の酔いが一気にひいた。僕は重大な事実に気づいてしまった。今何時だ。時計を見ると午前2時を指していた。僕は店を飛び出してタクシーに乗った。先輩たちには明日謝ろう、今はそんな暇はない。一刻を争うのだ。  なぜ気づかなかったんだと僕は自分の鈍感さを呪った。彼も僕と同じだったんだ。あそこに向かったのは死ぬためだ。いや、ただの思い過ごしかもしれない、だって僕が初めて行った日より前に彼が屋上へ行ってたら彼は既に死んでいるんだから。でももし、あの屋上へ初めて行ったのが僕と同じ日だったら。あの日から屋上へ行くのが繰り返しのルーティンになったとしたら。彼が僕の自殺を止めてくれたように、僕も彼の自殺を止めていたのか。今は考えてもしょうがない。どっちにしろ3時までにはあそこに着かなくては。
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