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カラスの家族
たまに「○○探しています」というチラシが電柱などに貼られているのを見かける。
大抵その○○というのは犬か猫なのだが、前に一度、人探しのチラシを見かけ、(文面を見ると、ある日突然、母親が蒸発してしまったらしい)その時は他人ゴトとはいえ微妙にテンションが下がったものだ。
それとは逆に、この前見た○○探しのチラシは、面白味があり(今夜、みんなに話そう)と思う様なものだった。
それには『カラス見ませんでしたか!?』とパソコンを使って書いたと思われる文字が書かれていて、その下に荒い画像のカラスの写真が2枚印刷されていた。
ボクは(カラスは見つかんねぇだろ)と思いつつ、興味を引かれ文面に細かく目を通した。
内容をまとめると、カラスのカーコちゃん2才が先月の31日に居なくなってしまい家族みんなが心配している事。カーコちゃんは飛ぶのも歩くのも上手ではなく、クチバシも上下のバランスが悪いのが特徴だということ。見つけてくれた人には謝礼をだす。という様な事が書かれていた。
その日の晩、ボクはこのチラシのことを友人達に話した。きっとウケるだろうと予測していたのだが、実際にはまったくウケなかった。それどころか日頃適当な事ばかり言っているのが災いして、誰もボクの話を信じてくれなかった。
ボクがムキになって本当の事だと訴えれば訴えるほど、みんなはボクの事を嘘つき扱いし、しまいには見ず知らずのおやじまでみんなと一緒にボクの事を嘘つき呼ばわりしだした。そうなるとボクはションボリとしょげかえり、後はおとなしく飲むより仕方がなかった。
しかし、みんなと別れてしばらくすると、だんだんとムカついてきた。(オレは何も嘘など言ってない、全部本当の事だ! なのになぜみんなに寄ってたかって嘘つき呼ばわりされなければならないのか。アイツらは、ああも自信たっぷりにオレの言う事を嘘だと決めつけたが、一体何様のつもりだ! くだらない小市民のクセに世の中の事を何でも知っているとでも思っているのか!? 自分達がどれくらい無知でバカなのか少しは本気で考えたらどうなんだ! プンプン)
あまりにムカついてきたので今からみんなに電話して文句でも言ってやろうかと思ったが、さすがにそこまではしなかった。
その代わり翌日、ボクは会社の昼休みに弁当を買いに行くとき、いつもより少し足を伸ばし、昨日チラシを見たあの電柱が在る所まで行った。
そこには、今日もまだ例のチラシが貼ってあった。
(ほれ見ろ! 本当だろうが!!)
これを証拠に友人達のハナをあかしてやろうと思いボクが電柱からチラシを剥がした次の瞬間、背後から、
「お前! 何をするんだカァー!!」
と声を掛けられた。
ボクはこの時、多少気が立っていたので内心(うるせえな!)と思いながら振り向くと、そこには黒色のポロシャツの上に黒のダウンジャケットを羽織り、ズボンもクツも黒という、全身黒一色のファッションにみを包んだ黒人男性が立っていた。
彼はボクよりも20センチは背が高く、体格も顔面もガッチリした感じの作りだった。その、いでたちにビビリさっきまでのイラ立ちはすかりと消え失せた。
よく見ると黒人男性の手にはカラス探しのチラシが数枚と、それを電柱にくくり付けるタメのビニール製のヒモが握られていた。
(この男がカーコちゃんを探しているのか?)
ボクは適当な嘘をついてこの場を切り抜けようと思い、テンパリながらも言い分けを始めた。
「あの……、そのですね……、えーツと…、あっちで、さっきあっちの方でカラスを見たんですよ、で、もしかしたらカーコさんなんじゃないかな~と思って――」
「それは本当カァー!?」
ボクが喋り終わらない内に相手は目ん玉ひんむいて本当かどうか確認してきた。ただでさえデカい目玉をさらにデカくしたその表情はこの世のモノとは思えず、ボクは(これはヤバイ、嘘だとバレたらチョメチョメされる!!)と外国人恐怖症の日本人的発想をし、本能的に嘘をつき通すべきだと判断した。
ボクはさっきまでのしどろもどろとした態度とは一変して力ずよく堂々とした口調で、
「本当だ! あれはカーコに間違いない、trust.me!」 と言った。男は思いがけない出来事に驚いた様な表情をしていたが、目は喜びでキラキラしだした。そしてポケットから黒の携帯電話を取りだし、どこかへかけると日本語でも英語でもない異国の言葉を早口でまくしたてた。
電話を切るとボクに、
「今カァーらワイフとドータがワンボックスカァーに乗って来るカァーら、ちょっと待っていてくれ」
と言った。ボクは今が退き際だと思い、
「いや、ちょっと仕事があるので」
と、ソソくさと立ち去ろうと試みたが、男は無言でボクの襟首を掴み動けなくしてしまった。
「大切な取り引き先との会議がナンタラカンタラ、チンタラカンタラ」
デタラメな事情を説明してみても、男はまったく聞く耳持たずといた感じで、奥さんと娘さんが来るまでの間、ボクの事を離してくれなかった。
黒のワンボックスカーに乗ってやって来た奥さんと娘さんはダンナ同様に黒一色の服装に身を包んだ黒人だった。
車の中には網などのカーコ捕獲用と思われる道具がいくつか積まれていて、親子はそれらを手早く降ろすと、ボクに早くカーコを見た場所まで連れていけとせがんだ。
ボクはヤケクソで「よし、付いて来い! follow.me!」 と言い走り出した。このまま全力で突っ走って逃げようかとも思ったが、黒人=足が速い、というイメージがそれを躊躇させた。カーコを捕まえるタメの網でボクが捕まえられるという実にマヌケな事になりかねない。
ボクはビルとビルの間にある適当な駐車場を指して、
「あそこだ! あそこにカーコが居たんだ!」
と叫んだ。男が、
「あそこカァー! あそこにカーコが居たんだな!」
と興奮気味に言い、奥さんは、
「あぁ、カーコ、カーコ、アタシのかわいいカーコちゃん。オロオロ」
と涙声でいった。この時に気づいたが奥さんは、一見黒人に見える程、日焼けした日本人だった。
駐車場にカラスの姿は無く、車が3台とハゲたおじさんが1人居るだけだった。
「カーコ! カーコ!」
「カーコちゃん、カーコちゃん」
「どこに居るの? 出てきてよカーコちゃん」
必死にカーコを呼ぶ親子の姿を見て、ボクはなんだかとても悪い事をしてしまったなぁ、という気持ちになった。
「すいません、カラス見ませんでしたカァー?」男にそうたずねられ、駐車場に居たハゲおやじはブンブンとすごい勢いで首を横に振った。
駐車場内にカラスがいないと判断すると、男は空に向かって、
「カァー、カァー、カァー」
と鳴きだした。その声があまりにもカラスに似ていたので、ボクとハゲおやじは驚いて顔を見合わせた。
「カァー、カァー、カァー」
「カァー、カァー、カァー」
奥さんと娘さんも男に続いて鳴きだした。これまた男同様カラスそくりだった。
親子が鳴きだして2、3分もすると上空に15、6羽のカラスが集まって来た。
「あの中に、カーコが居るのよ、カーコ! カーコ!!」
奥さんが涙声で叫ぶように言った。
カラス達は空中を旋回したり、電柱に止まったりしながら地上の様子を気にはしているものの、家族がいくら呼んでも下までは降りてきてくれない。そのせいで奥さんと娘さんはオイオイと泣きだした。
男が何とかしようと、カーコ捕獲用に持ってきた道具の中からエビ(ブラックタイガー)を取りだし豪快に撒き出した。
「カーコ、ほら、お前の好きなエビだぞー!!」
上空に居るカラスにアピールするため、上へ向かって投げるので落下してきたエビが車やハゲおやじの上へバラバラと落ちてきた。 落ちてきたエビが1匹、ハゲおやじの頭の上へうまいこと乗っかり、それを見た奥さんと娘さんは〃ケラケラ〃と笑い出した。
「おやおや、泣いたカラスがもう笑った」
と年寄りみたいな事を言って、男まで笑い出した。
ハゲおやじも、よっぽど人が良いのか頭に乗ったエビを取ろうともせずにバカ親子と一緒になって笑った。
エビをいくら撒いてもカラスは降りてこず、
「おかしいな、カーコなら喜んで来るはずなんだけど」と親子が首をかしげているとハゲおやじは、
「カラスはキラキラ光るものが好きだって聞いた事があるけど」
と、すかり打ち解けた感じで発言した。
それを聞いて娘さんは〃ニチャーッ〃とイタズラぽい笑みを浮かべ、ハゲおやじの頭を指した。
ボクはデンジャラスなジョークだと思い感心したが、この人たちにとってこれは、ジョークではなかった。
男は素早く動いてハゲおやじのことをスリーパー・ホールドの様な形で押さえ付けると、頭にツバを吐きかけた。そしてハンカチでツバをすり込む様に頭をみがき始めた。
「ちょっ、ちょっと何するんですか、やめてくださいよ!」
当然ハゲおやじは必死に抵抗したが、どんなにあがいても圧倒的な体格差をはね返す事が出来ない。
奥さんと娘さんは「パパーがんばれ!」「がんばれパパー、そんなヤツ、もっとみがいちゃえ!」と狂った声援を送っている。
男は声援に応えるべく、さらに激しく、さらに力強く、みがきだした。
「熱い、熱い、おつむが熱いよ、おつむが熱いよー!!」
悲鳴を上げるハゲおやじの身が心配になり警察を呼ぶべきかと考え始めた矢先、それまでの〃ゴシゴシ〃という音から〃キュッキュッ〃という実に小気味の良い音に変わると、男はハゲおやじの頭をみがくのを止めた。
「キレイだ……」ボクは思わずそうつぶやいていた。ハゲおやじの頭は今までボクが見たどんな物よりもキレイに光り輝いていた。
「おーい! カーコ、カーコ!!」
男がハゲおやじを担ぎ、カラス達へアピールすると、カラス達は一斉にハゲおやじの頭めがけ飛んできた。
ハゲおやじの頭に群がるカラス達は、遠目から見ると髪の毛の様にも見え、ハゲおやじは一瞬にしてハゲから、どでかいアフロヘアーへと変貌をとげた。
「カーコちゃん、カーコちゃん、どれがカーコちゃんなの!?」
奥さんは半狂乱の様になりながら、網をカラスめがけ、むやみやたらと振り回し、娘さんは先端にトリモチの様な物が付いた棒を、がむしゃらにビュンビュンしている。
これに驚いて、カラス達は皆、逃げて行ってしまった。
ハゲおやじが犠牲になった甲斐もなく、1羽も捕まえることが出来なかった。
「エーン、エーン、エーン」
「シクシク、シクシク」
「オロローン、オロローン」
カラスの親子は声を上げ泣き出した。
カラスは居なくなり、後に残ったのは身を寄せ合い泣きじゃくる親子と、頭から血を流し気絶するハゲおやじ。そしてこの惨劇を引き起こす要因を作った張本人のボク……。
(逃げよう!!)
カラスを見習い、この場から去ろう決意した次の瞬間、上の方から〃カァー〃と一鳴き聞こえた。ボクが頭上を見やるのとほぼ同時に、
「ああっ! カーコだあ!!」と娘さんの声がした。
駐車場に隣接して建つビルの4階、窓の外に在るわずかなでっぱりに、カラスが1羽とまっていた。
「カーコよ、カーコに違いないわ! でなきゃ皆と一緒に飛んで行ってしまっているはずでしょ!!」
奥さんと娘さんは歓喜の声を上げながら飛び跳ねて、全身で喜びを表現した。
男は「カーコ、カーコ」と繰り返しながらものすごい勢いでビルの中に入っていった。
男がビルの中に入ってからものの3秒ほどで4階の窓が開き、それに反応してカラスが飛び立った。次の瞬間、カラスを追い掛けて男も飛んだ!!
そして空中でカラスを掴んだ。
男が飛んだのを見て、ボクは(もしかしてヤツなら、鳥の様に空を飛べるんじゃないか)と一瞬メルヘンな事を考えたが、ボクの期待を裏切って、男は垂直に落下した。
男はカラスを抱く形で、駐車場に止めてあったドイツ製高級車の上へ落ちた。衝撃で車の屋根がへこみ、フロントとサイドの窓に亀裂が走り、エアバックが膨らんだ。
ボクの胸は今までに無いくらい激しく脈打っていたが、体は驚きで固まっていた。(死んだのか? ……、いや生きてる? ……、死んだ、きっと死んだ! ……、でも4階かぁ……、微妙な高さだな、車の上だしもしかしたら生きてるかもしれないな)
男の家族もボク同様固まっていて、泣いたり騒いだり、救急車を呼ぼうとは誰もしなかった。
実際には数秒程度だろうが、随分長いこと続いた様に思える沈黙をカラスの鳴き声が破った。
「カァー」
声に続いて男の体が動いた。
男はゆっくりと立ち上がった。両手でしっかりとカラスを抱いている。
「パパー!」「カーコ!」
奥さんと娘さんが駆け寄ると、男は車の屋根からボンネットへ、そして地面へと飛び移り、2人の事を抱きしめた。3人とも号泣している。
カラス(カーコ?)と親子三人は、しばらくの間、涙の抱擁を交わしていたが、そのうちに、男はボクの方へ向き直ると、たっぷりと感情を込めて「ありがとう」と言いながら右手を差し出した。
ボクは出された右手をガッチリと握り返した。
男にお礼を渡したいからワンボックスカァーまで一緒に来てくれと言われ、ボクは親子と一緒に車を止めた所まで戻った……、絶命寸前のハゲおやじを駐車場に置き去りにして。
男は車の中にカーコ捕獲用の道具を積み終えると、置いてあったスーパーのレジ袋から茶封筒を取り出して、
「遠慮しないで受け取ってくれ」
と言いボクに渡した。ボクは遠慮がちにしながらそれを受け取った。
車に乗り込む寸前、男とボクは目が合った。お互いに何も言わなかったが、目と目で何かを語り合った様な気がした。
奥さんの運転で車が走り去った後、ボクはその場で封筒を開けた。中には1万円札が29枚と、千円札が9枚、硬貨が6百1円分、それとレシートが1枚入っていた。
レシートには『おかいどく ブラックタイガー 380円 小計380円 +税5% 合計399円』と書かれていた。
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