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プレリュード
人の罪は雪のようだ。小さな罪ならば時と共にやがては忘れ去られていく。地に舞い落ちた細雪がじんわりと解け去ってしまうように。だが大きすぎる罪はけして消え去ることがない。止むことの無い吹雪、積もった雪が自らの重みで氷と化すように年月と共に罪を硬く冷たく心の奥深くに埋没させていく。
氷室守は常々思っていた。人生を振り返れば自分の歩んできた道は氷でできている。罪の積み重ねでできた氷。それは危うい薄氷のようでもあり、どんなに抗っても決して崩れることのない永久凍土のようでもある。罪を犯してまで生き続ける動因は希薄で、にもかかわらず生き続けるために犯さなければならない罪は鬱々とその数と大きさを増していく。それらが表裏一体となり、或いは循環の体をなし今となってはどちらが目的でどちらが手段だったのか皆目見当もつかない。生きるために罪を犯しその罪を贖うために生き、そしてまた罪を犯す。
罪に対して与えられる罰が贖罪の意味もあるのなら自分は罰を受ける資格すらない。この罪の原点を探ろうとするといつも真っ先に思い浮かぶのは今は亡き母の顔だった。「行かないで、私を捨てて行かないで」と叫ぶ母の泣き顔だった。
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