15人が本棚に入れています
本棚に追加
守の母親はだらしのない女だった。いつも酒とタバコの臭を漂わせ男を取っ替え引っ替え家に連れ込んでは守のいる部屋の隣で逢瀬を重ねていた。母はそうしないと生きていけないのだと言っていたが、生来そういう性分なのだと守は幼いながら見抜いていた。守はそんな母親を嫌い母のようにはなりたくないと必死に勉学に励んだ。母を拒むように励んだ勉学だったが、母は守が優秀な成績を収める度に喜び連れてくる男達に自慢げに話していた。中学三年の秋、地元で指折りの名家である氷室家の当主が守の優秀さに目を付け養子に迎えたいと言ってきた。氷室の当主は守を養子に迎えるにあたり多額の謝礼を払うと提示したが母はその申し出を断固拒否した。「守を絶対に手放す気はない」と。しかし、守自身の養子の話を受けたいという確固たる意思と母親のこれまでの素行が重大な虐待に当たると裁判所に判断されたため、母親の意向は完全に排除され守の養子縁組の話はすんなり纏まった。事実、母親は守が証言さえすれば即刑務所送りにされるようなことを守に強要し続けていた。自身の名誉のために守は生涯そのことを口に出すことはなかった。守が家を出るとき母は泣きすがり行かないでと懇願した。守は母のそんな姿を目にしても少しの情けも感じることはなかった。寧ろこの期に及んで自らの寂しさを慰めるために息子を縛ろうとするその涙に嫌悪感を抱いた。数年後、母は浴びるように飲んでいた酒が祟り、狭くて汚い異臭漂うごみ溜めのような自宅アパートの一室で一人寂しく病死した。世間の人間は自業自得だと噂した。守もその通りだと思った。
最初のコメントを投稿しよう!