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『昼間にも話しましたが、少年の世話係は一日ごとにローテーションで行います。昨晩を菖蒲のカウントとして、今晩はこのままあたしの部屋で見ていますので、明日は森泉さん、それから宮園姉、妹の順となり菖蒲に戻ります。当日は各々予定を空けておくよう留意して下さい』
メッセージを一斉に送信して、七色は中空に展開した仮想の画面を閉じる。窓の外はすっかり夜の帳が降りていた。
耳を澄ませばしめやかに川のせせらぎが聞こえる深い秋の晩。七色は食卓から、すっかり定位置となったソファに座る少年を見つめる。
「……ふぅ」
ちっちゃい子が真剣にタブレットを睨む姿は癒される――ではなく。
「似ていますね、やっぱり」
菖蒲の前では誤魔化したが、少年の容姿は七色の在りし日の記憶をともすれば乱暴に刺激していた。
白い髪。赤い瞳。それだけではない。朧気に覚えている顔立ちもまた面影があった。郷愁のような切ない憧憬が溢れて、七色の口が自然と動く。
「シロくん」
七色は彼の本名をついぞ知る事はなかった。だから、その愛称を呟く。今、思えば。彼は不思議な存在だった。
端末が震える。視界の端に浮かび上がったアイコンが、メッセージの受信を通知していた。差出人は『森泉イリス』。
『明日の件、承知致しました。男の子は元気でしょうか? 慣れない事で大変と存じますが、宜しくお願い致します』
イリスらしい気遣いに溢れた文面に、七色は過去に引き摺られかけていた現在を取り戻した。時刻を確認する。
『様子は変わらず、手の掛からない良い子です。これから夕食を済ませようと思います。好みが解ると良いんですが』
送信して席を立つ。と、そこで動かそうとした足に急制動を掛ける。いつのまにやら、少年が七色に近づいて見上げていたからだ。何かあったのだろうか? いや、恐らく。
「……あたしが呼んだから、ですか?」
少年は七色の『シロくん』という声に反応したのだろう。少年は答えない。ただ純粋な瞳で七色を見つめ返すだけ。それでも、七色の言葉が引き金になったからには理解はしているのだろう。七色は片膝を床につけて、少年に目線を合わせて言う。
「これから御飯にします。お腹は空いてますか?」
「…………」
――きゅー。
少年の腹部から聞こえた可愛い返事に七色はくすりとする。人前で出すことは滅多にない、年頃の少女らしい笑みだった。
「少し待っていて下さい」
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