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七色はテレビ台の横の卓上ラックから何枚かの紙束を抜いて来ると、その内の一つを少年に見えるように膝の上で広げる。
「食べたいものはありますか?」
中身は色とりどりの料理の写真で溢れている。玄武寮のこの区画に住む者にのみ与えられる特権の一つ、食事の配達サービスのメニュー表だった。
七色は殆ど毎晩、この権利を有効に利用している。便利というのが大きな理由に挙げられるが、努力ありきとはいえ天から多くの才能を授かっている完璧少女にも不得手があった。
調理に関して、七色は壊滅的にセンスがない。本人曰く、父親譲り。レシピに忠実になればいいと理解していても、相手を思いやり、完璧以上を求めるあまり、余計な工程を挟んでしまう悪癖がある。
その特性で数多の犠牲を出してきた七色は、学びを得ている。せっかくのキッチン付きの部屋。本当は手料理を振る舞いたい。少年の喜ぶ顔が見たい。しかし、こういう時に自分が料理をしてはいけないのだと。昔日の犠牲は無駄ではなかったのだ。
「…………」
少年が実際に言葉を理解しているかの試金石でもあった質問に、また微笑ましい答えが返ってくる。声はない。が、細く小さな指先が要望を伝えていた。
「チョコレートは御飯ではありませんよ」
今は何も置いていない食卓の上。そこは、昼間に菓子を詰めた器を置いていた場所だ。
「…………」
即時の一刀両断に、少年は泣きそうな顔になる。我慢している。拳をぎゅっと握って『泣かないもん』の姿勢である。
「食事が終わったら、また出してあげますから」
少年の表情が煌めく。七色の脳裏を様々な思考が駆け巡った。大半は欲望が占めているが、実に様々である。それを人はしがらみと言う。
頭を振って、七色は平常を意識する。頻りに少年に声を掛けながら夕食の内容を決めて、端末から発注した。
再び定位置に戻ってタブレットをいじり始めた少年を、七色は課題の続きに取り掛かる前に最後に観察する。
「言葉が正確に通じているのは分かりました。喋らないのは彼自身の問題か、それとも――」
――システムの問題なのか。
そこまで考えて、七色は自嘲した。それは何と、空想に冒された思考か。
少年は容姿こそ特異だが、小さな身体に少し高い体温を持った何処にでもいるような子供だろう。嘗ての七色がそうであったように。
だから。まずは。
七色はしがらみを振りきって、気の赴くままに少年を抱きしめる事にした。
、
◇ ◇ ◇
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