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「そのクエストに、全盛期のフラグナに勝るとも劣らない数の参戦者が現れるのは想像に難くありません」
導入では楽観的にいる事が常の菖蒲が深刻な表情になって虚空を眺めていた。
「『この世界の真実を暴け』は、のえるが――のえるだけが真剣に臨んできたクエストだった。フラグナの時も、マリスの時も、その進行が通知されたのはのえるだけだった」
菖蒲や七色は、恵流の口から進行を知り得ただけに過ぎない。『第一設定世界:竜依フラグナ』にて恵流がクエスト進行条件を満たした瞬間から、そのクエストは実質的に恵流の専行状態にあった。菖蒲はちらりと横目でイリスを窺う。
「諦めて、放棄して、好き勝手な結論を出して見離した”俺達”に、今更になって挑戦する権利はないんだ」
平野恵流は、嘗て誰もが立ち去った世界で一人の少女を救い出した。その場には菖蒲も立ち会っていたが、傍らに恵流がいなければとうに大衆の中に立っていただろう。
「現状ではまだ分からない事の方が遥かに多いけど、それだけは確かなんだ」
隣で恵流を見続けてきた菖蒲だからこそ、そこだけは譲れない一線だと思った。菖蒲のやるべき事は最初から決まっていた。その決意が、より強く、固まっていく。
「このクエストに、のえるの行方が絡んでいる事は間違いない」
「わたくしも、状況から鑑みて、そう考えるのが妥当だと思います。先刻の指示を全うする事が、失踪した恵流様に繋がる唯一の道筋でしょう」
「だったら、他の誰でもない。ずっと一緒にいた俺がのえるの意思を継いで、クエストを進める。のえるを取り戻して、権利を返す」
――だからこそ、思い出す。
気持ちだけではどうにもならない事を菖蒲は嫌というほど知っている。重ねてきた失敗は、気のおけない相方が成功に変えてくれた。
その相方なら、恵流ならどうするか。何をするか。その為に、自分に何が出来るか。考える。想像する。見つめ直す。
不明瞭な事ばかりで、暗中を漂う事に改めて不安が募る。踏み出した一歩目で崖を踏み外してしまう事だってあるだろう。
途端に投げ出してしまいたくなる気持ちを制して、僅かに見える所から一つずつ手探りで。
「”アイ”って何だろう」
誰もが行き当たる素朴な疑問に答えたのは、七色だった。
「今回のクエストの舞台となるであろう『深愛のリプカ』と結びつけるのであれば『愛』と変換するのが自然です。ですが、それならわざわざ片仮名で表記している事に不自然が残ります」
そっぽを向いていた陽が投げやりな態度で言う。
「横文字と言えば外来語なのですよ。英語なら自分を示す『I』とも取れますし、瞳の『Eye』とも取れますねー」
「うーん……どれであっても、ふわふわしてるよな。探しものをしなくちゃいけないのに、何を探したらいいか分からない状態だ。やっぱり一筋縄じゃいかないか」
何かを特定するだけの情報が圧倒的に足りていない。そんな時、恵流はいつも――。
「あの、イリス……」
「放課後の件でしたら、わたくしの事は気にせず、菖蒲のお好きな様にして下さい」
菖蒲の胸中を推し量ったイリスは、イリスらしい柔和な微笑みで後押しをする。
「本日のあの子供のお世話は、元よりわたくしの担当ですから」
「あ、ありがとう」
二人の睦まじい遣り取りをぼんやりと眺めていた七色の胸を、ほんの少しの痛みが刺す。それはある種の嫉妬と、それに伴う罪悪感によるものだった。
◇ ◇ ◇
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