三章:本当の自分

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「幼馴染だったって事はあれかな。僕たちも結婚の約束を交わすだとかのほっこりイベントがあったりしたのかな」 「言いたいことはそれだけですか?」 七色はそこはかとなくデジャブを感じつつ、平坦に辟易した。上手く鉄面皮を取り戻した七色を見て、恵流はつまらなそうに笑顔を引っ込める。 「それで、無駄話に大分時間を割いてみたけど、その過去の再現とやらはいつ始まるの?」 「あたしが調べた情報によれば、その殆どが舞台の推移から程なくして自動的に開始されたとの事でしたが……」 菖蒲の後悔の現場に居合わせた経験でも、その例に当てはまっていた。 「これは恐らく、例外になります」 「だろうねぇ。そもそも僕には、登場人物としての台本がないわけだし。となると、問題はこの場面をどう終わらせるかになるのかな」 そう言って、恵流が催促するように七色をじっと見つめる。その動作だけで、恵流の真意は委細違わず七色に伝わった。阿吽の呼吸のようで七色は癪ではあるが、行き着いた結論が同じになってしまったのだから仕方がない。 「もう既に舞台の幕は上がっています。それを降ろさなければいけません。きちんとした手順で結末を迎える事によって」 舞台の背景は十全に整っていて、演者も揃い、恵流の台本だけが欠けている状態。その劇を進行させるには、七色が持っている台本を恵流に渡す必要がある。 それは、気高く、孤高である為に、努め尽くしてきた七色が、よりにもよって、この目の前の男に、己の弱所を曝け出さなければいけないという事に他ならない。
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