三章:本当の自分

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このイベントの原理を教え諭そうと口を開きかけた七色の脳裏を過ったのは、菖蒲の反抗の顛末。七色の知る道程を外れた結末に地に足の付かない感覚を覚えた瞬間が、七色の諦観にも似た達観を揺さぶる。 「変えられるものならば、変えたいとは思います」 「そっか」 「ですが、この結末は――過去は変えられません。それは、絶対です。それこそが、この世界の真理でもあります」 七色は菖蒲ではない。過去を肯定してしまっている。後悔ありきの今を、七色は受け入れて戦っている。 「そうだね」 恵流も同意だった。全てを詳らかに聞き及ばずとも、七色の言動から『追憶モード』が与える再現の仕様は想像出来ている。 「だから」 恵流は菖蒲ではない。だから――。 「変えるのは、今とこれからだ」 ――菖蒲が上手く言葉に出来なかった攻略の糸口を七色に送る事が出来るのだ。 「僕はシロくんではないのかも知れない。だけど、僕はシロくんかも知れない」 「……心情としては、後者であって欲しくはありませんが」 「あはは、辛辣だね。でもいいや。話をしよう。”僕の話”だ。これから、この先、いつでもいい。まずは僕が君の思い出の中にある後悔の象徴の一つなのか、確かめてよ」 恵流は結末を否定する。ここが終わりではないのだと、底意地の悪い世界に宣言する。 「それじゃあバナナさん。また明日、ここで会おうね」 七色にすれば、この世界に踊らされるのも、目の前の男の思い通りになるのも似たようなものではあるが、仕方がない。 「はい。また、明日」 可能性があるならば、そちらに賭けてみるのも悪くない。あれは、永遠の別離ではなかったのだと。 「もし僕が思い出の男の子だったら、今度こそ僕を助けさせてあげるよ」 手を差し伸べたかった七色と、ちょっと困った状態に陥っている恵流の歪んだ利害の一致が二人を再び結びつける。 「高みから見下ろされているのが気に入りませんが……そうでなくとも、手は尽くしますよ。貴方には、借りがありますから」 風景が真っ白に染まる。別れ際の恵流の笑顔が、ほんの少しだけ七色の思い出の中の男の子と重なった気がした。
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