三章:本当の自分

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 ◇   ◇   ◇ 放課後、所用を済ませた七色はそのまま玄武区画のポッド室の一機の中に身を横たえていた。意識は仮初の過去へ。ログインの手続きの場となる無人の教室に降り立ち、正面の黒板に表示されている情報を確認して七色の懸念が一つ晴れる。 移動地点が病院に固定されていた。それが幸いであったかは別として、昨日の新しい約束を守る事はできるようだ。 「後悔の続きとして承認されたという意味になるんでしょうか」 ――だとすれば、この世界の仕様において七色の後悔は未だ再現される運命の途上にあるのだろうか。 無意識に一呼吸を挟んでから、途中のログアウトが制限されている等のお馴染みの注意事項を承諾すると、場面が遷移する。 「やあやあバナナさん。昨日ぶりになるのかな? 今日もちんまいね」 病院の一角に設けられた休憩スペースから、先客の陽気な声が七色を迎える。 「…………」 それに対して七色は無言のまま、傍目にはいつもの感情の起伏に乏しい無表情だが、菖蒲であれば尻尾を巻いて逃げ出しそうな眼差しを恵流に向ける。 「あれ、怒ってる?」 ここにも区別が出来る人間がいた。その発見が、七色が醸し出す不機嫌オーラを更に濃くしてしまったのは恵流の誤算である。 「別に、怒ってはいませんが。むしろ、怒らせるような事をしたんですか?」 「いや、怒ってるでしょ。普段から意識的に怒らせるような振る舞いをしている僕だけど、今回は普通に挨拶しただけだよ。なんで?」 「ですから、怒ってません。が、強いて言うなら貴方の存在が気に食わないです」 「ふーん? ま、いいや……バナナさんが辛辣なのはいつもの事だし、なんやかんや協力関係の相性はいいしね」 事実ではある。が、ぎろりと七色の眼光が鋭くなる。その知ったような態度が余計に気に入らない様子だった。 「早速だけど、昨日の続きと行こうか」 当然、恵流に気にする風はなく。それこそが戯れであるように、普段の笑顔で会話を進める。 「あ、僕の話をする前に……バナナさん」 「なんですか」 「バナナさんの事だから、ここに来る前に僕が失踪した後に現れたっていう子供の状態を確認してきたよね?」 「はい」 「…………」 「…………」 「やっぱり怒ってる?」 「怒ってませんが?」 「ここは件≪クダン≫の子供の状況報告をする所だよね」 ――元々報告するつもりだったのに恵流に先んじられて伝える気がなくなった。 浮かんだ本音の字面に、七色は自分に呆れてしまう。恵流も心なしか呆れている様子だった。だが、それはそれ、これはこれ。もうとにかく目の前の男が気に食わないのである。平然となんてしていられないのだ。
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