三章:本当の自分

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七色は逡巡するが、どんなに言い訳を並べても、その事実を恵流に隠したままで真実に辿り着けるとは思えなかった。 また、からかいの口実を与える事になってしまうが――。 「前回ここで顔を合わせた際、貴方があたしの事を姉と呼んだ件ですが……」 「その話を蒸し返すのは趣味が悪いと思うんだ」 「貴方はまず日頃の行いを省みるべきです」 「やられたからってやり返していい訳じゃないからね。倍返ししたら元の四倍になって返ってきて、元の八倍で返したら次は十六倍だ。そんな不毛の応酬を、どちらかが死ぬまで続ける事になるよ。ここは法に任せよう」 「法に任せるほどの問題ではありません。今度は貴方がポンコツになってるじゃないですか。落ち着いてください。意地悪で持ち出した話ではないんです」 「法廷で会おう」 「……貴方があたしを姉呼ばわりした事実が裁判官や傍聴している方々にまで知れ渡ることになりますが」 「……僕が君をおねぇちゃんって言った事が何? まさか、君が僕に催眠術をかけたとでも? あはは、慰めならいらないよ」 「似たようなものかも知れません」 七色が滔々と心当たりについて打ち明ける。全てを聞いた恵流は神妙に頷いて、一言。 「バナナさんが悪い。僕に謝るんだ」 「謝罪で心が晴れるなら、あたしは構いませんが」 七色が潔くごめんなさいと丁寧に頭を下げるが、淡々と行われてしまうとスッキリしない恵流だった。 「まあ、いいや。これ以上の余計な問答は時間が勿体ない」 さんざん話を横道に逸らしたのはどこのどいつなのだろうと七色は思ったが口にしなかった。それは七色が初めて恵流に向けた優しさだった。 「バナナさんの話を全面的に信じるよ。とすると、僕に自覚がなくとも、この世界の外にいる見た目が瓜二つの子供と深層心理で繋がっている可能性が高い」 仕組みは皆目見当もつかないけれどと肩を竦める。例によって七色もさっぱりだ。 「切り離されたのか、繋げられたのか……現段階では何とも言えないや」 「昨日のやり取りで予想していた事ですが、やはり貴方にもこの状況を作り出した原因が全く分からないんですね」 「影も形も見えないね。さしあたりの目標としては、ここを脱出する事になりそうだけど、悲しい事に手を付けられる場所も限られてるから――そこから始めてみようか」 恵流がベンチに腰を掛けて、その隣を軽く叩く。 「昨日の約束。僕の話でもして、この物語の時間を進めてみよう」
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