三章:本当の自分

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無邪気な笑顔で着席を促す恵流を、七色は仁王立ちのまま見下ろしている。 「貴方と並んで座る事に、とてつもない抵抗を感じます」 「思春期なの?」 「なにをバカな」 「なんでもいいけどさ、これが過去の再現の一環なら体裁は守った方が良いと思うんだよね。君はそんな風にシロくんを軽蔑してたの?」 ぐぅの音も出ない正論だった。観念した七色は渋々とベンチの端に腰を下ろす。子供が二人ほど間に入れる距離が空いている。 「これが今の君と僕の心の距離かぁ。意外と近いね」 「一センチあたり凡そ五十キロの距離になっています」 「地図形式だった。それは途方もないや」 二人が座るベンチの名は恵流七色島である。この世界には他にも人の繋がりの数だけ島が点在しているらしい。 「……最初から話すよ。でも、そう大した時間は掛からないと思う。僕の確かな過去は、語れるほど多くないから」 そう前置きして、恵流は今の自分としての自我を得てからの出来事を語り始める。 序章は入学式――唐突とも言える目覚め。壇上に立つ学園長の言葉を、混乱するでもなく何処か他人事のように聞いていた。 程なくして学園長に菖蒲と引き合わされて、菖蒲は恵流の足りない知識を補い、恵流は菖蒲の秘密を守る為の相互関係を結ぶに至った。 恵流が絶対の目的を得たのも、その時だ。 「そこで、学園長から『五つの真実を掴め』なんて曖昧な課題を出された。その報酬は、僕が求めるもの」 すなわち、記憶。過去。恵流は、そう認識している。 「……それが、貴方が特別なクエストに異常な執着を示していた理由、ですか」 「それからは多分、君も知っていると思うから割愛してもいいよね」 第一設定世界に、その関係を匂わせるクエストが出現すると、誰もが匙を投げていく中で、恵流と菖蒲だけは諦めなかった。そして、遂には一つの真実に至る。 第四設定世界でも似たようなクエストが発注された。試行錯誤の果てに辿り着いたのは”本当”に幸せな結末だ。 「僕ってこんなものなんだなぁ」 その呟きは、誰に宛てるでもなく。次の瞬間には、先ほどまでの調子を取り戻していた。 「これらのクエストを学園長のいう『五つの真実』に数えるなら、僕は二つを掴んでいる事になる」 「先日リプカにクエストが出現したと伝えたと思いますが、そこにも”真実”のワードが含まれていました」 「掘り下げる必要を感じない程度には、そうだと思ってたよ」 二人は昨日の段階でお互いの状況の確認と近況報告を交わした際に最低限の情報を共有している。 「これまでの傾向から、恐らく、ほぼ確実に、各設定世界に一つずつ”真実”に纏わるクエストがあるだろうから」 「現状、学園が発表している設定世界は四種ですが」 この先、新しく増えるのか。そこまで考えてから、七色はもう一つの可能性に思考が及ぶ。 ――『第零設定世界:ミレクシア』。七色が知る限りにおいて恵流だけが入場の鍵を持つ、それこそ謎だらけの世界。 「貴方の抱えている秘密について、菖蒲は知っているんですか?」 「止むに止まれず。根負けして、ね」 「そうですか」 自爆めいた嫉妬に七色の胸がチクリと痛む。だが、冷静な部分では納得もできた。 「ああ、そろそろ刻限みたいだ。これで時間が進んだのか判断がつかないけど」 話の区切りを見計らったように景色が輪郭を失いだしていた。 「念の為の確認を。ここで貴方と会ったことを菖蒲達に伝えても構いませんか?」 「とっくに教えてると思ってたよ」 恵流には、自身の失踪を心配する菖蒲が空回りする様子が目に浮かぶようだった。七色なら、少しでも早く安心させたやりたいと考えるだろう。 「ぬか喜びはさせたくありませんでしたから」 「僕を――いや、自分自身を疑ってたんだね。僕の秘密を聞いた今なら、菖蒲と実在を照会できるって事かな」 打てば響く。それだけのやり取りで伝わってしまうのが七色には不快であり、けれど、実の所では、それが全く心地よくないかと言うと嘘になる。 「それじゃあバナナさん。また明日」 「はい。また、明日」 そして、また新しい約束を結びなおす。
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