三章:本当の自分

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 ◇   ◇   ◇ 明けて翌日の昼休みを迎える。本校舎別棟。閉鎖されている屋上に続く階段の踊り場には、馴染みの面々が顔を揃えていた。 「のえるが見つかったって、どういうこと?」 七色が合流するなり開口一番に尋ねたのは菖蒲だ。イリスは七色と目が合うと、微笑して軽い会釈をする。陽が元気な声で「こんにちはーなのですよ!」と挨拶すると、自身が焦っていたことを自覚した菖蒲が急いで誤った順番を正す。 「い、いらっしゃい、七色」 「こんにちは。わざわざ呼び立ててごめんなさい。それなりに大切な話になると思いましたので、こうして直接集まっていただきました」 「えっと……のえるの所在が分かったって話だったけど、昨日の夜に俺に送ってきた質問と関係あるんだよな」 七色は前日の内に菖蒲に”恵流の秘密”の答え合わせを済ませていた。最初こそ警戒心を剝き出しにしてしらばっくれていた菖蒲だったが、七色があっさりと核心を突くと素直に白状した。 「はい。その答えは、あたしの知る筈のない情報でした。あたしが遭遇した平野恵流が、あたしの妄想の類ではないのだと判断するのに必要な手続きだったんです」 追憶モードで出会ったのは、七色の記憶を元にさも本物のように再現された恵流だったという可能性もあった。 「リプカの例のイベント……あたしの過去の舞台に、平野恵流が出てきました。あたしたちで身の回りの世話をしている子供と同じ姿で」 「やっぱりリプカにいたんだ」 菖蒲は初期の段階でログイン情報の項目で、恵流の名前がログイン状態を示す白色で表示されていたのを見ている。特に疑問もなく信じる菖蒲とは反対に、声を上げたのは陽だった。 「先輩を疑ってる訳じゃないんですけど、それって本当に本物だったんですかー?」 顎先に指を当ててあざとく斜め上に瞳を動かして言う陽に、それは疑っているだろうと七色は思った。 「恵流先輩と入れ替わるようにして現れたあの子供が恵流先輩の幼い姿で、その恰好で登場したって所は納得できなくはないのですよー。でも、そもそも、陽の聞く限りでは、そのリプカのイベントは他人が干渉出来ないようになってるんですよねー?」 「それについてですが、条件さえ整っていれば当人以外の人物が”再現”に登場する場合もあるようです」 七色がちらりと菖蒲に視線を投げる。自分の舞台に七色が登場していたなど露ほども思っていない菖蒲は「ん?」ととぼけた双眸で首を傾げた。 「なるほどなるほど。あ。菖蒲先輩に確認を取ったという情報ですけど、リプカ側が『菖蒲先輩』から情報を抜き出していたって事もありえるのではー?」 「完全には否定できませんが、そこまでする理由が見当たりません。その舞台はあたしの過去の再現にあたりますが……あたしを化かすことが目的であれば、根本的に選択する人格を間違えています」 「あー」 誰かの記憶を元にするのであれば、平野恵流としてではなく記憶の少年として人物を設定するべきだった。そもそも論である。陽の追及の手が緩んだタイミングを見計らって、菖蒲が能天気な声で言う。 「でも、これで七色が過去に出会った男の子はのえ――恵流だったって殆ど確定したな。こんな事ってあるんだなぁ」 「……成り代わっているだけという線もまだ消えていませんが」 「ふふ。ここに恵流様がいらっしゃいましたら、往生際が悪いと仰りそうですね」 見守るに徹していたイリスの鋭い指摘が七色の心を抉った。
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