三章:本当の自分

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「もちろん、それは単なる夢だ。その夢が仮に現実にあった出来事の回想だったとしても、入院している妹がいて、そのお見舞いの日々の過程で仲良くなった友達がいるってだけ。類似体験をしている人は少なくはなさそうだ」 明確に、恵流と七色を結びつけるものはない。それだけなら、恵流も”根拠”にはしないだろう。 「……回りくどいのは好かないと伝えたばかりですが。特に貴方のは。はっきり言ったらどうですか」 七色は恵流の言う”核心”を悟っていた。先んじて、言う。 「ここが――この場所にあたし達が居合わせているという現在が、貴方が見た夢とあたしの過去をか細い糸で結んだのだと」 この世界(リプカ)の仕様。他者の後悔の再現に、その時その場に登場していた人物の意識が招集される現象に七色自身も直面している。 「インチキでしょ?」 「後出しなのが、より胡散臭さを助長しています」 「でも後出しだからこそ、よりバナナさんに効いてる」 無邪気に笑う恵流を見て、七色は頭痛を堪えるように額に手を当てる。 「ちょっと力を込めたら切れちゃうくらいの糸だから、そんなに気にしないでいいよ? さぁ、気を取り直して仲良く散歩と行こうか」 「……その軽い調子がイライラします」 歩き出す恵流に不承不承と言った様子で七色が数歩後ろを追従する。 「あはは。僕にとって、それでこそいつものバナナさんって感じだ。和気藹々としている僕たちの姿が想像できないというか、想像したらちょっと気持ち悪いよね」 「貴方に言われるのは釈然としませんが、それには同意します。反吐が出る」 「表現が綺麗じゃないなぁ」 「貴方相手に取り繕ったって仕方ありません。生の声です」 「うん。それでいいと思うよ。もし僕が、バナナさんの思い出の彼だったとしても――さっきとは丸っきり反対の事を言うようだけど、この僕は、この僕だ」 慰めているつもりなのだろうか。それとも、からかわれているのだろうか。疑心暗鬼の七色だったが、恵流は恵流で思う所がある。 「あ、そうだ。歩きながら今日の出来事についても聞きたいんだけど、その前にバナナさんは院内に詳しかったりする?」 「ここがあたしの記憶を忠実に再現しているなら、ある程度は……施設の場所を把握しているだけで、入院患者についてはとんと無知です」 「それで十分かな。一々見取り図を見ながら移動するのも手間だから、案内してくれない?」 「協力すると明言したのはあたしですから、仕方ありません」 七色が足を止めた恵流の横を通り抜ける。恵流は小走りでその横に並んだ。すると、すかさず。 「気安く横並びにならないで下さい」 「辛辣!」 「あたしの機嫌の為にも距離感を大事にする事を推奨します。最低でも三歩ほど間を空けて後ろを着いてくるのがベストです」 「僕は良き妻か何かなの?」 「うっ……」 脳が反射的に恵流ちゃんを思い描いて、一瞬で顔を青ざめさせる七色である。 「バナナさんも大概好き放題するよね。そういう仕掛けあいがお望みなら僕も本気を出すよ」 「さしあたりは病室を一通り案内する形で構いませんか?」 「僕は君と一緒なら何処でも構わないよ」 よりにもよってな方向性でキリっと言う恵流だが、七色は見向きもしないで一言。 「きもっ……」 「ああ、うん。自分でもおかしいと思うけど、バナナさんに罵倒されるとやっぱり落ち着くなぁ」 ばっ。勢いよく振り向いた七色に恵流がしたり顔をする。 「振り向いたから僕の勝ち」 「一体何の勝負ですか……下らない」 と、ぼやきながらも七色は良く分からない悔しさを味わうのだった。
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