プロローグ:「これも修羅場に含まれるのかなぁ」

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「この子が、例の子供ですよね?」 菖蒲が首肯すると、陽はチョコレートに夢中になっている少年を四方から観察する。その間も抜かりなくひらひらとスカートの裾を躍らせているあたりは流石のあざとさだった。 「んー、面影があるような、ないような? このあどけなさは恵流先輩には欠片もないものですけど、最初からゲスゲス言って生まれてきたんじゃないでしょーし」 「ゲスゲス泣きながら生まれてくる赤ん坊なんて嫌だよ」 そもそも、ゲスゲス言っているのは恵流を評価している輩であって、恵流自身はゲスゲス言っていない。 「やー、でもあれなのですよ。この子が『恵流先輩』かも知れないって事前に伝えられていても、二人がいまいち結びつかないというのが陽の本音になりますかねー」 澄んだ白い髪に無垢な赤の瞳。人を見分けられる要素は他にも沢山あるが、共通点らしきものを見出す事に労を割かなければいけない時点で疑念は残るだろう。イリスが「ふふっ」と嫋やかに笑った。 「ですが、違うとは言わないのですね」 「頭ごなしに否定できるほど、陽は恵流先輩の事を知っている訳ではないのですよー」 「いえ、そこではありません」 その先に続く筈だったイリスの言葉を菖蒲が継ぐ。 「普通ならあり得ないって一笑に付されて当然の私達の話を、陽はちゃんと聞いてくれてるんだね」 「まっ、まー、前にフラグナの話を聞いてますし! それはそれとして、そのビジュアルで”私”って一人称は違和感が途轍もないのですよー!」 陽が照れ隠しに『その外見(ビジュアル)』と指したのは、現在の菖蒲の格好の事だった。菖蒲は対人恐怖症を拗らせて、何故か男性として学籍を置いている。 ただ男子制服を着込んでいるのではない。菖蒲の身体には女性らしい起伏は一切見当たらない。それは、装飾幻装(デバイス)『男装キッド』の恩恵だった。 男装キッドは、学園中を網羅するAR機能によって、見る者に菖蒲本来の身体つきを男性のそれに上書き《オーバレイ》して視覚させる。
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