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プロローグ:「これも修羅場に含まれるのかなぁ」
日曜日、午前九時頃。突如、菖蒲の私室に”発生”したという五歳前後の幼子。
七色と同じ白い髪と、菖蒲と同じ赤い瞳を備えた少年は、七色の記憶の奥底に眠り、二度と起きる事が無かった筈の過去を強引に揺り起こした。
「シロ、くん……?」
出会った当初より幼くとも、その面影は七色が思い浮かべた人物にあまりにも酷似している。
だが、少年の熱烈な抱擁により七色の困惑は簡単に吹き飛んだ。
そして、菖蒲から聞かされた衝撃の出来事によって七色の疑問は木っ端微塵に粉砕された。
「わたくしにも事情を説明していただけませんか?」
程なくしてイリスが加わり、菖蒲と七色が持つ情報を共有していく。それぞれの途惑いを、イリスが丁寧に噛み砕いて総括する。
「現在の問題は、そちらの男の子がどこの何方で、いずこより来たのか――素性に集約されるのだと思います」
七色の記憶にいる人物と関係があるのか。どうやって菖蒲の部屋に現れるに至ったのか。
菖蒲が恵流の端末に通話を発信する。それに反応したのは、少年の左腕に嵌っていた焦茶色の端末だった。指し示したのは、現実的にはあり得ない一つの答え。
少年と恵流は同一人物である可能性だった。恵流は消えたのではなく、ずっとここにいた。それならば、大抵の疑問に解答が出る。ただし、一つだけ大きな疑問を残して。
まるで狙いすましたように、三人の端末には答えに行き着く道筋を示唆するメッセージが届いていた。
――クエストNo.00:『この世界の真実を暴け』が進行しました。
「『真実のアイを探せ』……?」
無意識に読み上げて頭を捻る菖蒲に、七色が淡々とした声音で言う。
「これ以上、クエストを進行させる必要性を感じません。いいじゃないですか、この子がいれば」
恵流と少年。七色にすれば、その比重は少年側に大きく傾いている。ある種の予感が七色の感情を突くが、七色は努めて排除していた。
イリスが七色を見つめる。七色は無表情で受けて立った。やがて、イリスは苦笑を浮かべて。
「それが七色さんの本心なのでしたら、わたくし達は袂を分かつ事になってしまいますね」
「そうですね」
「七色……」
同意して、七色は徐ろに立ち上がる。注がれる視線から逃げるように、出入口の扉に身体を向けた。
「あたしはこの子の処遇について学園長の判断を仰ぎに行ってきます」
手を引く七色に少年は従順についていく。最後に、不安に揺れる菖蒲を心配そうに振り返る。菖蒲は無理やり笑って「いってらっしゃい」とだけ取り繕った。
菖蒲の私室を出ると、多数の視線が七色を出迎えた。敷地の東側に建つ青龍寮A。その三階の角部屋の前の廊下は、平時であれば人通りは皆無に等しいのだが――。
「大分話し込んでたみてーだな。鶴来は元気だったかよ」
七色に声を掛けた如何にも不良然とした男は、同じコミュニティ――源王学園の頂点に君臨する『執行部』の主力の一人、近重壱太だ。
「復調していましたよ。それで、貴方はいつまでそうしているつもりですか?」
十名に届く彼等彼女等は、七色が訪れる前から菖蒲の部屋の前で張り込みをしていた。いや――。
「平野の野郎が掴まるまでに決まってる。一日中引きこもりっぱなしってこたぁないだろ」
――厳密に言うなれば、菖蒲の部屋の前の部屋に住んでいる恵流を待ち伏せしている。
「平野恵流に関する執行部の方針は静観と決まった筈ですが。不登の指示ですか?」
「俺と木呂の独断だ。平野はいけすかねぇ奴だが、その実力が本物なのはてめぇも分かってんだろ」
近重然り。この群衆は、全てが恵流の勧誘の為に集まっている。学園の鼻つまみ者としての地位を確立していた恵流だったが、先日の一件で立場が逆転した。
隔週のイベントの『仮想戦』において、三大勢力の一つに数えられる『DIVA《ディーヴァ》』と共闘して執行部をギリギリの所まで追い詰めたのだ。結果は惜敗となったが、その立役者は間違いなく恵流だった。
「そうですね」
七色は恵流を間近で見てきた。であればこそ、彼等の思い違いを知っている。彼等はまだ恵流を過小に評価している。
恵流の最も優れている点は、その目的を達成する”実現力”にある。執念と呼び変えてもいい。
「で、だ」
「あたしは用事がありますので、これで」
「逃がさねぇよ?」
近重の注意が自身から逸れたのを目敏く察知した七色がそそくさと退散しようとするが、横から伸びた近重の腕が進路を阻んだ。
「見ての通り、暇を持て余してんだ。もう少し付き合って貰うぜ」
「はぁ……」
拒否権などないのだろう。一人なら強行突破も辞さないのだが、今は少年を連れている。観念した七色は氷のような目で「なんですか?」と促す。
「そのガキはなんだ? 入った時はいなかったよな?」
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