一章 ゆらめく
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一章 ゆらめく

 温かい手に撫でられ、まるで日向ぼっこをする猫のように目を細めていた少女の頃。  大人になりひとりを覚えたわたしには、大好きだった家族の手を遠くに思い出すことだけが慰めとなった。  そんな時に出会った彼は、左目に眼帯をしていた。  今朝はいい天気だ。遅番なので早いところお洗濯をして、日差しを有効利用しなくては。洗濯機にタオルや下着をポンポン投げ込む。  洗剤と柔軟剤を投入しスイッチに指を置いて、身動きを止める。はて、うるさいだろうか。起しちゃ悪いかな……でも、酔い潰れた君が悪い。  爽やかな朝だった。ある一点をのぞいては。  わたしは、ソファーで毛布をかぶった塊に目をやった。  ◇  四月某日、整形外科病院の病棟。ナースステーションにはいつもと違う新鮮緊張感が漂っていた。 「紹介します。今日からこの病院で一緒に働くことになりました。正宗……」  師長が朝の申し送りで新しい仲間である背の高い男性をひとり、紹介している。彼は緊張した面もちで立っていた。 「ま、正宗まさむね 徹影てつかげです。徹夜のテツ、景色のケにチョンチョンチョンの影です」  初対面の日、いかにも「名前の説明が面倒ですが聞いてくださると嬉しいです」といったような顔をして、彼は自己紹介をした。正宗徹影という武将みたいな名前で、百八十センチはあろうかという長身で左目に真っ白な眼帯をしていた。ものもらいでもできたのだろうか。  いくらここが宮城県仙台市でも、マサムネで眼帯ってできすぎじゃないの。もしくはコスプレ。それか、ただの歴史好き。  わたしが働く宮城県仙台市にある「あおば丘整形外科病院」に、新人看護師がひとり入ってきたのだ。しかも男性。珍しいを通り越して異常事態。女性が多いこの職種、男性は希少なのだ。新人が男性だと知らされたときステーション内がいろんな意味で軽くざわついた。  大病院だと新人が大量に入ってくるが、うちの病院は170床で中規模病院に位置しており、病棟勤務はいつも人手不足なのに対して毎年新卒がひとりくる感じ。それも続けばいいけれど業務をこなせるようになるまでやはりしっかり教育していかねばならず、経験とスキルが多少ある中途採用で即戦力のほうが好都合だったりする。  なにもないところから教えるのって、本当に大変だもの。  あおば丘整形外科病院は腕のいい先生が多く、手術数も多い。看護師としての経験をつめる病院だと思う。  それはさておき。緊張した面持ちで自己紹介をする彼の顔をほかの看護師のあいだから観察する。若くても老いてもイケメンは好きだ。ストライクゾーンが広いという意味ではなく性格のいいイケメンは国で保護すべきだと思っているから。彼がその対象かどうかは別としても。  面接したのは主任だし、入社式後に話は聞いていたけれどほとんどの看護師たちは今日が初見。眼帯が邪魔でちょっと判断が難しいけれど、新人の彼はとても綺麗な顔をしている。たぶんそれと仕事ができることと関係ないけれど。  顔面だけで恋だの愛だのきゃっきゃ騒げるほどの活力と経験がない。  野中千代子、わたしのスペックも言いましょうか。二十七歳、処女で独身。恋人なし。整形外科病棟勤務の看護師です。  恋愛経験は高校生のときに片思いが実り一週間だけ「彼氏あり」になったことがあるだけで、それから十年近く彼氏がいない。恋人ありの一週間のうちに、初体験を済ませられなかった。そのあたりのことは話が長くなるから割愛する。だから男性経験も無い。  もういい大人なのだが処女であるわたしのことも国で保護して欲しい。