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目を覚ますと氷嚢が頭に乗っていた。
わずかに頭を起こすとゴロンと音を立てて胸の上に転がり落ちてくる。
服が血で汚れている、思わず鼻に手を伸ばすが血に濡れた感触はない。
いつの間にか、私はリビングのソファに横たわっていた。
「目、覚めた?」
左に首をひねると、対面のソファに肩口を血まみれにした多木が座っている。
「ごめん。」
「気にするな。」
おそらく、運んでくれたんだろう。
酸化した血が多木の左肩を赤黒く染めていた。
「多木、着替え持って来たよ、申し訳ないけど烏羽の着替え手伝って……。あ、もう起きたの烏羽。」
穂積が目を丸くしてこっちに向かってきた。
手には私の着替えと、おそらく多木の着替えを持っている。
「ご迷惑かけました。」
「落ち着いたなら私はいいよ、それより多木だよ。烏羽の鼻血がなかなか止まらなかったから、止まるまで抱えてあの様だよ、殺人現場もかくやでしょ。まあ男手があって助かったんだけども。」
確かに、多木は人一人殺したみたいになっている。修羅場明けのこけた頬と、抜けきらない隈のせいもあってなおさらだ。
当の本人は、これ落ちるんだろうか。などと呑気に言っているが。
「弁償するよ。」
「いや、着心地が気に入っているだけの作業着だから。」
ひらひらと手を振り、穂積の持って来た着替えを受け取っている、「消毒もしてね。」と穂積に消毒液を手渡され、のそのそと風呂場に姿を消した。
去る背中を眺めながらゆるゆるとソファに沈み目を閉じる。
「夜中に何かあったの烏羽。」
あ、着替えられるなら着替えてね。するりと髪が撫ぜられた。
冷や汗で湿っていた髪は初夏の気温で乾ききったらしい。
「夢見がいつも以上に悪かっただけだよ。」
本当に、ただ夢を見ただけだ。ここ数か月で一二を競う悪夢だった、夢見故にゲロまで吐いたのは久しぶりな気がする。
薄く目をあければ、さらさら揺れる前髪の向こうに夢の続きが視認できるようで、ぐっと瞼を下ろした。
「こんな烏羽置いて探偵社空けるのは、心もとないけど。基本今日は臨時休業って事にしておいて、もし何かあったら出られるかはわからないけれど電話してね。」
まるで子供のことを心配するような言葉に、安心させる言葉を吐きかけて、やめる。
ここ半年私の、謀らずしも心身ともに主治医を務める穂積に、安い嘘をついたところで騙せそうになかった。
「多木は今日一日探偵社にいるらしいから、頼るようにね。」
「了解。」
嘘は吐けそうにないので、大丈夫とでも言うように髪を撫でる手を揉んでおいた。
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