2章「子供っていいよな、希望の塊って感じがする」

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なかなか立派な家だと御影石で出来た玄関アプローチを見て思う。 家族構成としては4人家族、父と母、男女の兄弟。 長男長女ともに大学生だとか。 その家から、3人目の子供が売りに出される。 戸籍も特に無いらしいその子供の、生い立ちがどういったものなのかは特に関係ない。 ただその子供の状態が、事前に仕入れた情報と合致するかが問題だ。 ついでに受け渡す気があるのかも問題だが。 「子供惜しさに夜逃げ、なんて柄の家じゃなさそうよね。」 「エリート家系らしいですよ、よく知らないですけど。本当に頭がいいなら子売りなんて事しないで済みそうなもんですけどね。」 違いない、核心を突いた台詞だった。 「それじゃあお邪魔しましょうかね。」 ヤゴが懐から鍵を取り出す。プライベートもへったくれもないなあと思いつつ、開いた扉の向こうへ私も一歩踏み出し。嗅ぎなれた腐敗臭に足が止まった。 「……ヤゴさん、これ人死んでますね。」 「えぇ、マジですか。」 一家心中でも図ったかな。能天気に呟きながら、押しやるようにヤゴが家の中に入ってくる。 私も止まった足を再び進めた。 初夏の気温にじわじわと立ち上る臭いは、まだそう古いものではない。 靴を履いたまま、広い玄関を抜け廊下を進む。 ふと足を止めると、一家の集合写真が廊下に飾ってあるのが目に入った、神経質そうな母子と、陰気な顔つきの父娘が並んでいる。 リビングに続く扉を開けると、埃が漂った空気が充満していた。 「黛さん、まだ生きてる人間がいるみたいですよ。」 先行していたヤゴが、奥のキッチンから顔をひょこりと出す。 「台所使ってる痕跡がありますよ。まだいますね、これ。」 「生きてる人間がいる以上、取り立てをしないとね。もしかしたら商品の子が生きてるのかもしれないし。あとヤゴさん、これから一緒に行動しましょう。」 はいはいと軽い足取りでヤゴが私のよこに並ぶ。 いつだって恐ろしいのは生きた人間だ、ドアを開けた瞬間包丁でザックリだなんて笑い話にもならない。 1階を見て回ったが、特に目ざといものはなかった。 らせん状の階段を、ヤゴを先頭に登っていく。 直ぐ近くの扉に近づくと、腐臭が強まった。 ヤゴが扉をあけようとするが、何かが突っかかり開かない。 わずかに空いた隙間から数匹の蠅が飛び出し、だらりと血の気が引いた手が見えた。 「あー、これドアノブ使って首括ってますね。ひっかかっちゃって開かないや。」 「手首の感じからして男性ですね、おそらく父親かな。」 飛び出してくる蠅を払いながらわずかに開いた隙間から見える手首を観察する。 「死人に口無です、生きてる人間を探しましょう。」 「はーい。」 無理矢理閉めたドアの向こうで、肉がぶつかる鈍い音がした。 「これこの部屋に生きてる人間がいて、死体をつっかえ棒代わりにしてるってありませんかね。」 「リビングによく降りてるみたいですし、私たちがこの家に来てから人が動いた気配もありませんでした、大丈夫だとは思いますけど。他を探して見つからなかったときには、この部屋を漁ってみましょう。」 「了解でーす。」 間延びした声でヤゴが答える。飛び回る蠅を再び手で払った。
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