3章「知らない方が円滑に物事が進むこともあると思うんだわ。」

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「ねえハチ、そのうち柘植さんに殺されちゃうんじゃないの。」 リビングにてハチこと八尾に向き合う。 「小姓じみた役割押し付けられてはいるけど、結局のところ柘植さんが俺の事生かす理由もないしなあ。」 「あんたと柘植さんの間にどういった関係があるのかは、まあ知らないけどさ、手が滑ればそのまま死だよ。」 「死か。」 「死だよ。」 ハチはくつくつと覇気無く笑っている。 「まあ今回は俺から柘植さんに突っかかった節があるから、もし何かあってもしょうがないかなとは思ってたよ。」 「ええ……。」 こんな身近にも覚悟キマった人間がいるとは思わなかった、ハチは昔から危なっかしいところも多かったが。 「家に帰るまで持ちそうになかったからつい寄ったんだ、少し休ませてもらったら帰るよ。」 そう呟く声はどこまでも空虚だ、生気がない。 「帰り道で倒れそうな勢いだね。」 「そうもいかないな、まだ倒れるわけにはいかないもんで。」 「『お前はいつだってそうだ、針の筵の人生を、まるでタンポポの綿毛を蹴り崩すように楽し気に進む。』」 「……2年の時の部誌の奴か。なに?全部覚えてるの。」 慣れ親しんだ一節だろう、なにせ筆者は目の前の男なのだから。 「私は高校の時の思い出を尊く思ってるんですよー。文芸部で作った初めての部誌だもん、どうしたって頭に残りやすいよ。」 「ああ、そうだったな。烏羽の話は何かと食い物が出てきたし、多木は独特な世界観してた気がする。黛は何書いたんだっけ。」 「俳句集だったかな、現国で確か触れてたから。多木のあれは一応ファンタジーかな?」 「そうだそうだ、それで白はおとぎ話だっけ。結構出来良かったよな、あの部誌。」 「気合入ってたからね。」 本棚に囲まれた古書と埃の空気に満ちた図書室脇の倉庫教室が、文芸部の部室だった。 おのおので本を読み言葉を紡ぐ静かだがにぎやかなあの場所を、私は好いていた。 「……また、みんなで集まれると良いな。」 不意にハチがこぼした言葉が、胸に染み入る。 そうだ、ただまた昔のように、友達で集まって遊びたかった。 「そうだね。会いたいね、またみんなで。」
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