1章「結局のところ、人助けって自己満足じゃん?」

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春の日差しは眠りを誘う。 調子のいいときであれば助手席に穂積を座らせて私が運転するのが常なのだが、いつになく濃い隈を見た穂積に「まだ死にたくないかなぁ。」と拒否された。 しかし半ば運転係と化しているアルバイトで同級生の多木は、本業のデザイナー業が修羅場とかで出勤していない。 そんなこんなで徒歩30分やそこらの距離を、女二人がえっちらおっちら歩く羽目になった。 「春眠暁を覚えずなんていうけど、眠れない?」 「夜になると眠れなくなる……。というか、眠りたくなくて起きてるだろ?でも昼間はどうにも眠くなる陽気だから、眠らないよう気を張って、余計に眠くなる。」 「見事な悪循環。」 コンクリート塀の上から桜の花びらが降ってくる、穂積の榛色の髪の上に1枚、また1枚。積もっては飛んで行く。 「心配しなくても、今夜あたりには気絶するみたいに眠って、夢も見ないさ。」 「凄いね、正式では無いとはいえ医者の前で堂々と不養生を白状する度胸、嫌いじゃないよ関心もしないけど。」 ぼすり、と穂積の後頭部が私の胸にぶつかった。前を見てみれば、赤信号の横断歩道。 「……。」 「君が眠りたくないっていうなら、別に眠ることは強制しないけど、さすがに信号無視して事故死なんてのはいやだなあ。」 大人が子供を叱るような話口。少しぶっきら棒な言い方だが、根っこじゃこいついい奴だなあ。などと独りごちながら「ごめんね。」とだけ応える。 春の陽気は、まるで羊水の中にいるように精神をとろかせる。 じりじりと正気が引きちぎられるような心地だった。
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