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「由貴くん、本当にごめん。今日で別れよう」 「え」 生暖かい風が吹く夜のこと。 高層ビルのバーで夜景を眺めていた青年、花岡由貴(はなおかゆうき)は恋人の言葉に頭が真っ白になった。 一年に一度の大イベント、クリスマスを終え、凍え死ぬような寒さを我慢して初詣も一緒に行った。料理、掃除、たまに任される洗濯、どれも完璧にこなしてきた。歳下の恋人としては及第点……不満に思われることなど、(恐らく)何もなかったはずだ。 ところが久しぶりのデートで切り出されたのは、あまりにも突然な別れ話。これには普段から笑顔を心掛けている由貴も蒼白になって立ち上がった。 ただ、言葉が見つからない。 大きく開いた口は閉じて、また開いての繰り返し。まるで餌を待ち侘びている鯉のようだ、と冷めた思考だけが独り歩きした。 そんな由貴の前で、優雅にワインを飲む青年がいる。 長い脚を組み、テーブルに頬杖をつく。たったそれだけの姿に目を奪われてしまう。切れ長の瞳は威圧にも近い力強さを秘めていて、黙っていても存在感を放っていた。 彼が由貴の恋人、守門司(もりかどつかさ)。由貴より五つ歳上の、IT会社に勤めるエンジニアだ。 二人は付き合い始めてもう二ヶ月になる。もともと提携関係にある会社に所属していた為、以前から面識があった。 何を隠そう、由貴は同性愛者だ。二ヶ月前に司が同性愛者であることを知り、猛アタックして恋人の座を射止めた。それから順調に付き合い続けていると思っていたのに。 「え。わ、わ、わ、別れるって。ははは……エイプリルフールじゃありませんよね。二ヶ月早いし……え、急にどうして? 俺、なにか司さんの気に障ることしました?」 「君は何も悪くない。強いて言うなら俺の問題だ。君を好きだからこそ別れなくちゃいけないんだ」 はい出た! 好きだから、大切だから。だから別れる。映画やドラマじゃお決まりの台詞だ。もっとも自分は、そういった類の台詞が大っ嫌いだった。 真実を話さないのであれば、結局それは都合のいい言い訳に過ぎない。説明する義務を放棄し、上手く煙に巻いた無責任な対応だ。 由貴は歯軋りして、乱暴にテーブルに手をつく。 「い……嫌です、俺は司さんと別れたくありません!」 人目も気にせず叫んだ。これまでにないほど動揺し、混乱していることが自分でもわかる。しかしコントロールができない。彼と別れたくない一心で前に乗り出した。
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