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ある成功者は音楽が生き甲斐だったけど、想い人と結ばれた数日後に聴力を失ったらしい。あくまで噂だからジョークかもしれないけど、本当なら怖い。
耳が聞こえなくなるとか脚が動かなくなるとか、そういう結果が起きるなら精神病じゃない。確かに現実じゃ考えられない、説明できない力が働いてる可能性がある。
そこまで解明できたら、きっとこの街に廃人はいなくなるんだろう。なんて、最低な俺はそれもちょっと寂しいと思ってる。不自由な人が集まる街。やっと自分に似た人達を見つけられた場所だから。
不幸を分け合いたい。幸せは誰も、半分だってくれないから、せめて嫌なことは分けっこしたい。
最低な大人だ。
ある子に出会ってから、一層思うようになったことだ。
『司さん。俺と付き合ってもらえませんか……?』
頬を紅潮させ、真昼のレストランで告白してきた、歳下の青年。
名前を花岡由貴。初々しい表情と態度で、とにかく切羽詰まった様子が伝わってきた。告白とはそんなにも緊張して、神聖な儀式だったか。長らく忘れていた感情がとても静かに目を覚ました。
彼は俺のご機嫌取りに必死だった。何が食べたいのか、どこへ行きたいのか、細かに訊いても任せますとしか言わない。
段々それが疲れてきた。彼が決めないのなら自分が決めるしかない。……そう考えた時にふと気付いた。自分も、これと同じことを恋人にしていたのだ。
自分が我慢しているつもりになってる。相手の為に犠牲になってる。それはただの勘違いで、思い上がりに過ぎない。少なくとも恋人としては意味の無い忍耐だった。主張をしないといけない時もある。そんな当たり前のことが思いつかない。俺は本当におかしい。
そして彼も……昔の俺のように、これを正しいと信じている。純情に、愚直なまでに。たまに変なところで狼狽えたり、距離感を測っているところから何か隠し事をしてることは容易に分かった。でもそれはあえて気付かないふりをした。
『恋人をつくるということは不自由になることだよ』
あるとき彼に言った。告白をすんなり受け入れ、恋人同士になってから言う台詞ではないが、彼の反応が見たかったのだ。普段何も主張しない、操り人形のような青年。
彼が最も大事にしている“自由”が何なのか知りたかった。
すると彼はそのとき初めて怪訝な顔をした。質問の意図を読み取ろうとしているようだった。
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