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 情けは人のためならず、という諺がある。  本来は「人に情けをかけることは、巡り巡って自分のためになる」という諺だが。一方で「人に情けをかけることは、かえってその人のためにならない」とよく意味を誤解されるという。  だが、誤解されるのはされるだけの理由がある、とさつきは思う。つまり、そう思われてしまうような事柄が、世の中には数多くあるということだ。  ――小学生の頃のことだ。  ある日、さつきは、隣の席の友達が日記帳を忘れて帰ってしまったことに気づいた。  机の下に落ちていたのだ。ランドセルに入れようとして、落としてしまったのだろう。  さつきの担任教師は、宿題を忘れると罰を課す先生だった。具体的には、休み時間や昼休みを潰してその日のうちに宿題を終わらせるよう言われる。それでも終わらなかったら放課後に居残りだ。提出期限をきっちり守る、という訓練だったのだろう。忘れ物があまりに続くと、今度は放課後に掃除をさせられた。  教え方は上手かったし、居残りにも必ず最後まで付き合ってくれるので親からの評判は悪くなかったが、子供にとってはそれなりに厳しいルールだ。そこまで徹底させる先生は他にあまりいなかったこともあり、とにかく宿題は忘れてはいけない、というのがクラス内での暗黙の了解だった。  日記は、毎週末に出される宿題だ。皆、土日の出来事を書いて月曜に出す。  運の悪いことに、その日は金曜日だった。  届けてあげなければ、とさつきは使命感に駆られた。もちろん、完全に善意だった。今でも、その行動が悪かったとは思わない。  悪かったのは、人選だ。   さつきの家と友達の家は、反対方向だった。彼女の家に寄って帰るという選択肢もあったが、かなり遠回りになる。  そこで、さつきはちょうど帰ろうとしていた男子を呼び止めて日記を託した。  彼女の近所に住んでいて、登校班も同じ男子なら、間違いなく彼女に忘れ物を届けてくれる。そう、信じた。  たしかに、日記帳は友達に届けられた。  しかし、次の月曜日。彼女からさつきに向けられた言葉は、「ありがとう」ではなかった。
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