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さつきが通っていた中学校では、図書館ではなく図書「室」と呼ばれていた。教室の二倍ほどの大きさの部屋に六人掛けのテーブルが並べられ、ほとんどの書架は壁に沿って置かれていた。それが普通と思っていただけに、初めて足を踏み入れた時は圧倒されたものだ。
まず、「図書室」ではなく、独立した棟として「図書館」がある。読書スペースのテーブルは十二人も座れる大きなもので、さらに窓際にもへばりつくようにずらりと席が並んでいる。天井も高く、カウンターの横にある階段を上れば中二階にも書架と自習スペースがあった。
何よりも特徴的なのが、全体の色合いだ。書架とテーブルはダークブラウンの木材でシックに統一されており、照明も蛍光灯ではなく間接照明がメインである。一見するとお洒落なカフェのようにも、英国パブリックスクールの食堂のようにも見えた。これが高校の図書館かと保護者は一様に驚くと言うが、無理もない。何度足を運んでも、さつきは未だに異国に迷い込んだような気分になってしまう。
ならば図書委員の仕事も忙しいかと思いきや、そうでもなかった。司書や事務員も常駐しているおかげで、昼休みなどに図書館に赴いて仕事をする必要はない。
当然、放課後には持ち回りでカウンター当番をこなす必要があるし、広報担当になれば図書館が発行する壁新聞や冊子などの編集作業もある。時には広い館内で音楽会等のイベントが行われることもあり、その際には委員の皆で準備をすると聞いている。
が、まだ入学したてで特に何の役目も課されていない一年生のすることと言えば、決まった曜日のカウンター当番と、返却された本や書架の整理、それに空き時間で本にカバーをかける作業くらいのものだ。じっとしていられない性分であればともかく、放課後の時間を過ごすには決して悪くない場所だった。
火曜日の当番のもう一人は、二年生の先輩で、いつもカウンターに文庫本を持ちこんでいる大人しい男子生徒である。必要以上に会話を交わすことはないが、本のことを尋ねるとはにかみつつも色々と教えてくれるので、悪い人ではないのだろうとさつきは思っていた。ただ根っからの本好きで、少々人見知りなだけだ。
その先輩がカウンターに戻ってきたので、さつきは椅子から立ち上がった。
「私、本の整理に行ってきます」
声をかけてカウンターを出ると、「お願いします」と抑え気味の声が返ってきた。きっとこれから、本の続きを読むのだろう。
誰もいない返却カウンターは、読書には最適な環境だ。
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