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「坂本くんには、ちゃんと図書館に来る理由があるでしょう?」  彼の「火曜日の図書館通い」は、追悼だ。  本が好きで、図書館を愛した幼馴染を、少しでも近くに感じたかったのだろう。  もう二度と聞けないと知っている声。二度と向けられることはないと、分かっている笑顔を。それでも欲してしまう気持ちを、さつきはルールの一言で片づけたくはない。  スマホゲームでさえもある程度黙認されているのに、亡き友を想う晴也の行動が、許されないなんてことがあるものか。 「坂本くんは、図書館が――あの席が、居心地良くなかった?」  見るからに体育会系の彼にとって、図書館自体が落ち着かないと言うのなら。無理に来ることはない。  だが、晴也は首を横に振った。 「いや、そんなことはないけど……」 「だったら、来たらいいんだよ」  気の済むまで、亡き友と会話したらいい。  大声で騒ぐのはマナー違反だが、晴也がそういった注意を受けたことは今までになかった。一番奥の席で、ただ静かに幼馴染を思っていた彼を追い出すことなど、司書の先生も図書委員もしない。するはずがない。 「それにね、席だけ使うのが心苦しいなら、なんか適当に本を一冊持ってきておけばいいでしょ?」  しれっとルールの穴を突くと、晴也は「はぁ?!」と間の抜けた声を上げた。 「おいおい、図書委員がそんなこと言っていいのかよ」 「いいよそのくらい。誰にも迷惑かけてないんだし。それに……」  今までの自分の経験を思い出しつつ、さつきは笑った。 「その一冊が、案外、忘れられない本になったりするかもしれないよ?」  思いがけず、新たな何かに出会える場所。  それが、図書館なんだから。  晴也はまじまじとさつきを見やり、やがて「ははっ」と声を上げて笑った。 「……正直言うとさ。この鍵落とした時はほんとに落ち込んだんだよ、俺」 「そりゃそうでしょう。形見なんだから」 「うん。なんかさ、シュウに、見限られたような気分になっちまって……」  でも、とキーホルダーをつまみ上げて晴也は続けた。 「今思えば、あいつ、ここにいたかったのかもな」 「図書館に? ああ、そうかもね」  柊一郎の話をクラスメイトから聞いた時は、未練がありそうとかふらっと出てきそうとか、勝手に想像を繰り広げたものだが。案外、それも的外れではなかったのかもしれない。 「ほんとに本が好きだったんだね。その子」 「うん。……本城さんなら、気が合ったかもな」  キーホルダーを揺らして、晴也がぽつりと零す。その表情に、もう陰りは見られなかった。  そうかもね、と返しながら、さつきは思う。たぶん――いや、ほぼ間違いなく、いい友達になれた気がする。  ――私も、話してみたかったな。  会えなかった同級生のことを思い、さつきは心の中で空に向かって手を合わせた。
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