【第一章】 コードF フォックス

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「今まで寂しい想いをさせてすまなかった、これからは新しいお母さんと一緒に暮らそうって……。僕はね、寂しくなんて無かったよ。お父さんと二人でも幸せだった……」 「海斗……」 大好きな父を取られてしまうと不安になり、怯えている。そう理解したフォックスは、優しく語り掛ける様に、海斗の気持ちに寄り添った。 「そうか。知らない人が急に来たから、嫌だったんだよね。分かるよ。いきなりお母さんだって言われても納得出来るはず無いさ」 俯いたまま、海斗は力なく首を横に振る。 「違うよ……僕は、お父さんが幸せならそれでいいんだ。嬉しそうに笑っていたから……これでいいって思った。お父さんがいないところで、美衣さんが僕に辛く当たっても我慢出来た。でも……見ちゃったんだ……」 どうやら、新しい母親候補は海斗の事を良く思っていないらしい。そして、海斗の顔が恐怖で歪み、嫌な予感が大きく膨れ上がっていく。 「何を見たの?」 「美衣さんは駅前のダンススクールで働いてるんだけど、その近くを通った時に路地裏から変な声が聞こえてきたんだ。気になって覗いたら、美衣さんと男の人がいたんだよ。男の人は動けないみたいで、怯えた表情で美衣さんに助けてくれって……それで、美衣さんが抱きしめたら消えちゃって……」 「消えた?」 「聞こえたんだ、美衣さんの「ごちそうさま」って言う声が……僕は怖くなって逃げ出した。でも、思ったんだ。次はお父さんが狙われるんじゃないかって。だけど、全部話してもお父さんには信じて貰えなかった……だから探偵を探してたんだ」 海斗は雨に濡れてボロボロになった菓子箱からお金を掴み取り、震える手で差し出した。 「フォックスは言ってたよね? 何でも出来る凄い探偵がいるって……お願い、助けて。報酬はここにあるよ……お願い……お父さんを……。お父さんがいなくなったら……僕は……」 大人から見れば、それは微々たるもの。しかし、少ない小遣いやお年玉を必死に貯め、欲しかった玩具も我慢して、大好きな父の為に使おうとした大切なお金だ。 フォックスは目頭を熱くし、無意識の内に海斗を強く抱きしめていた。 一人で悩み、誰にも相談出来ず苦しんでいた……そんな海斗の悲しみが、幼い体に抑え込んでいた辛い感情が、冷えた体から痛いほど伝わってくる。 「安心して。海斗の気持ちは無駄にしない。その依頼、世界一の探偵に届けると約束する。僕が……必ず……」 「ううっ……うっ……うわぁぁぁぁん」 堰が切れた様に感情を吐き出し、海斗は大声で泣き叫ぶ。 フォックスは全てを受け止め、泣き止むまで抱きしめ続けた。熱を帯びた涙が胸に触れ、冷たい雨の中で鼓動が高鳴る。 aee903d6-a595-4a65-a1c3-56d7e08b2b73
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