May princeへの招待状

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 誕生会当日は、五月にふさわしい晴天だった。  大空には雲一つなく、磨き上げたように均一な青色が果てしなく広がっている。 「みんな、今日はありがとう! 気をつけて帰ってね!」  むっちりとした頬を赤く染めた宏則(ひろのり)は、帰路につく級友たちに向けて、短い腕を精一杯伸ばして手を振り続けている。  彼の十二回目の誕生日を祝う会は、盛況のうちに幕を下ろした。  広大な庭を出たところで、(わたる)は振り返って片手を上げた。病院理事長宅にふさわしい豪奢な洋館が、見下ろすようにそびえ立っている。  他の級友たちと別れ、閑静な住宅街を一人歩きながら、明日の月曜を思って深い溜息をついた。 (悪いヤツじゃないんだけどなあ……)  手土産にと配られたのはブランド物のタオルハンカチで、ロゴマークの陽気なワニが真っ赤な口を広げて笑っていた。  小学五年から同じクラスとなった宏則の誕生会には、二年連続で参加となる。  招かれるのは、「選ばれし民」――クラスでに君臨する者たちのみだ。見た目がよく、運動が得意で、成績も悪くない上位者たち……宏則がこの条件に該当するかは別問題である。少なくとも、彼には権力と金(を手にした親)はあった。  明日、登校した宏則は、嬉々として誕生会の話をするだろう。呼ばれなかった平民たちの心境を思うと気が塞いだ。  級長を務める航は物静かな方であり、主役でなければ気が済まない宏則とは真逆に位置する。ダントツの成績を誇るわりに主張は苦手で、級長など返上したいが、今年もクラスのお守り役を渋々と引き受けていた。  遊具がまばらに置かれた小さな公園に差しかかった。  日曜の午後三時をまわり、すでに遊ぶ子供の姿はなく、青一色だった空もほんのりと裾を薄紫色に染めている。 「あ」  ジャングルジムの頂に腰かける人物を認めて小さく叫んだ。  気配を感じて顔を向けた彼は、いつも通りの無表情で一瞥しただけである。  中原( )颯希(さつき)――彼も誕生会の招待客だ。  颯希は頂に君臨したまま、悠然と航の動きを観察している。白のシャツにブラックジーンズ、足元は黒のキャンバススニーカー……なんてことのない服装も、じつに様になる少年だ。  かけるべき言葉を探りながら近づいていくと、不意に彼は空へと身を投じた。細い手足がしなる様が、青色を背景にくっきりと浮かび上がる。じゃり、という音が耳をついたかと思うと、目の前に綺麗な顔があった。  なに?  切れ長の瞳が無言で問いかける。  中原颯希、君も人類なら、コミュニケーションに少しは重きを置きたまえ。……胸中だけで非難して、なんとか口を開いた。 「今日……誕生会、来なかったね。宏則が気にしてたよ」  颯希はもの言いたげな表情を浮かべたが、無言で斜め掛けリュック――深紫色で色白の彼によく似合う――をまさぐった。 「見ろよ、これ」  あ、しゃべった、と思う間もなく、眼前に何かが突きつけられた。 「……招待状? 僕も宏則からもらったよ。これがなにか……」 「よく見ろ。お前のとは決定的に違う箇所があるはずだ」  言われるがまま自分の招待状を出して見比べた。紙も仕上がりも上質な見開きのカードには、宏則を模したらしき(体重は本物よりも大分少なめの)サッカーボール片手にウインクする少年が描かれている。    ⚽  ⚽  ⚽  ⚽  ⚽        誕生日会のご案内      日にち:五月二十二日(日)      時 間:十三時~      場 所:宏則の家に来てね♪    ⚽  ⚽  ⚽  ⚽  ⚽ 「あ!」 「……家の前まで来たら、ちょうどみんなが帰るところだった。あのポッチャリ野郎、ぜっったいに許さねえ」      時 間:三時~  颯希の招待状には「十三時」ではなく、「三時」と記されていた。
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