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公園のベンチに腰かける二人の影は、気づけば長く伸びていた。
むっつりと黙りこむ颯希にかける言葉もなく、かといって立ち去るのも気が引けて、とりあえず隣に並んだ。
(わざと……だよ、な……)
つい先ほど目にした宏則の満面の笑みが思い出される。あれは、颯希への仕打ちをふまえてのものだったのだ。
ちら、と不機嫌な隣人を盗み見る。
高い鼻筋、つんと尖った唇、長い睫……彼が転校してきて約二ヶ月。微笑すら一度も見たことがない。級友たちの冗談にもニコリともせずに己を貫く姿勢は、大人っぽいとも、頑ななまでの幼稚さとも思えた。
「なに、じろじろ見てんだ。お前は帰れ」
正面を向いたまま炸裂した声は不興そのものだ。だが、難攻不落の転校生との思いがけない接近戦に、気後れよりも好奇心が勝った。
「いや、面白いなー、と思って。颯……中原がそうやって感情出すトコ、初めて見たからさ」
勢いよく振り向いた颯希の瞳を捉えて、得意技である「心がこもっていない」笑顔を返した。
中原颯希は東京からの転校生である。
小学生最後の一年間を地方の片田舎で過ごすはめとなった理由は、母親の仕事の都合らしい。父親についての噂は子供たちの耳には入ってこなかった。
さびれた田舎の小学生にとって、「東京」はネバーランドに匹敵する未知の世界である。転校生は期待を裏切らない洗練された容姿であり、たちまちに注目を集めた。
学力のみならず運動や音楽においても、颯希は楽々と平均以上の成績を見せつけた。だが、どれほどの賞賛を浴びても眉一つ動かさぬ都会派転校生に、羨望は反発を通り越して畏怖へと変化していった。……ただ一人を除いて。
「中原くん、サッカーやろう!」
「今日、僕ん家に来ない? みんなでゲームやるんだ!」
「遠足、僕の班に入りなよ!」
宏則は、よくも悪くも「王様」である。
地元の名士宅で大事に育てられた彼は、「他人にどう映るか」などという自我を持ち合わせていない。彼の脳裏に描かれる彼は完璧な姿であり、それは現実における宏則とは別モノなのだ。幸か不幸か、本人はそれに気づいていない。愛されて育ったがために素直で、他人を疑うことを知らない人のよさがある。さほど親しくない相手にも突進していく社交性や、クラスのトラブルに首を突っこむ正義感は純朴で憎めない。
新参者が宏則を理解するには時間が足りなすぎた。
頻繁にかけられる友好の誘いを断り続けていた颯希は、やがて無視に徹するようになる。クラス一の巨漢・宏則を視界にも入れずにだんまりを決めこむ姿勢はあっぱれですらあった。
(さすが、都会っ子。最も効果的な反撃を知ってるなぁ……)
他の級友同様、二人の不穏なやり取りを遠巻きに眺めていた航は、宏則のフラストレーションが限界値に達していたことに気づけなかった。
「シンママなんだぜ、こいつん家!!」
五月の連休直後、こんがりと日焼けして貫禄を増した宏則は、教室に現れるなり、颯希を指差して言い放った。
いまどき、片親など珍しくもない。だが、謎多き転校生の一面が暴かれたこともあり、興味本位の噂がいくつも流れ出した。
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