May princeへの招待状

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 そんな矢先に、事態は思わぬ方向へとうねり始める。  六年生第一回目の授業参観日、教室に女神が降臨した。 「サツキ!」  後方から軽やかに手を振る美女が、自分の母親と同じ生き物なのかとクラスの誰もが目を剥いた。  細身のパンツスーツに包まれたメリハリボディ、艶やかな黒髪が胸元まで垂れ、かき上げる仕草も様になる。化粧は薄く、くっきりとした二重の瞳が色香以上に知性を醸し出していた。 「爽子(そうこ)ちゃん!!」 「え、アキノリ? なんでいんの?」  颯希の母・爽子は、居合わせたずんぐりむっくり――宏則の父親――に、息子同様の長い睫を瞬かせた。 「――中原爽子さんは、私とともにこの白石小学校を二十五年前に卒業しました。六年間、ともに勉学に励み、ともに青春を過ごしてきたのですッ」  保護者懇談会において、PTA会長を務める宏則の父親は、頼みもしないのに中原親子の紹介を行った。「ともに」を連呼する彼が、爽子にただならぬ感情を抱いていたのは間違いない。プライバシー侵害で訴えられてもおかしくないが、宏則同様、彼の父もまたこの小さな世界の王である。なにより、この一件は、颯希にとって大きくプラスとなった。常日頃から、宏則は父親には頭が上がらない。 「でね、都内の女子大に進学して、地元には帰らずに就職・結婚。いまは都内とこっちに一軒ずつリラクゼーションサロンを経営してるんだって。バリキャリってヤツよ」  帰宅後、母からの情報提供に、航はふーんと相槌を返した。 「颯希くんが四歳の時に、お父さんは病気で亡くなったんだって。かわいそうね」  父親似なのかな、と思ったところに母が言葉を重ねた。向日葵のような輝く笑顔の母親と、ツンと取り澄ました息子はどうにも似ていない。 (もっと、フォローしてやればよかったかな)  級長の立場を利用すれば、声をかけることは可能だった。  いつも読んでいる本は何なのか? 隣県のサッカーチームのキーホルダーを鞄に付けているが好きなのだろうか? いつも……一人で寂しくないのか?  数々の疑問は、個人的興味によるものだけだった。誰のことも視界に入れたくないと言わんばかりの横顔は、すぐに脳裏で再生できる。大人びた優等生としての気づかいを忘れるほどに、見惚れていたのだ。  航の後悔は、さらに深まることとなる。  参観日の翌日、登校直後に颯希の元へ向かった宏則を、教室中が固唾を呑んで見守った。 「中原くん、この前は失礼なことを言ってごめんなさい! この通りだから、許してください!」  ころころとした体を折り曲げて詫びる宏則に、さすがの颯希も椅子の上でのけ反っていた。 「これ、お詫びの印! 僕、楽しみにしてるから、必ず来てね!!」  そう言って宏則が差し出したものこそが、誕生会の招待状であった。
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