May princeへの招待状

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 宏則の悪だくみは、見事に成功を収めた。  彼は颯希が一人で来ることを見越していたのだ。本日、宏則の父親が出張で不在だったことも大きな要因である。 (一緒に行こう、って誘えばよかったな……。どうも、僕はこいつのことになるとフットワークが重くなる)  後悔を噛みしめつつ、口を閉ざしたままの「こいつ」に顔を向けた。 「颯……中原、帰ろう。この辺、変質者が出るんだ。一人でぼんやりしてると危ないよ」  航の声かけに、颯希はギョッと顔を強張らせた。  なんだ、フツウじゃん。この短い時間で彼の表情の変化を何度目にしただろう。安堵とともに、自分だけが貴重な素顔を垣間見たという優越感が湧き上がる。 「俺は……まだ、戻れない。爽子が家で待ってるから」  伏せた睫が灰紫色の陰影を頬に落とす。辺りは陽光が夕暮れの色を織り交ぜて、まぶしいほどの金色に染め上げられていた。 「俺が誕生会に誘われたこと、喜んでたから。参加できなかったなんて、言えない」 「じゃ、僕の家に来いよ。すぐ近くなんだ」  弾かれたように顔を上げた颯希に、なるべく嘘っぽくない笑顔を返した。 「お前もポチャの手下なんだろ? いいのかよ。俺とツルんでるのがバレたら虐げられるぞ」  ようやく立ち上がった颯希は、まだ怒りを燻ぶらせていた。  背丈はほぼ互角、彼も標準よりやや痩せ気味で、声変わりもまだである。連れ立って歩く級友の気配を全身で感じながら、はたして名を覚えられているのかと不安を抱き始めた。 「僕は違うよ。今日はお義理で呼ばれただけ。宏則はクラスで目立つヤツだけを呼んではべらせるんだ。だから、颯……中原が呼ばれたのも納得してたのに」 「ご謙遜かよ。成績、一番以外は取ったことないんだろ?」 「勉強ができすぎると人気者にはなれないよ。それに、僕は今日、大事な届け物をするために誕生会へ参加したんだ。もうすぐわかるよ。ほら――」  住宅街を抜けて、交通量の多い県道にぶつかった。立ち止まると、通り沿いに立つ三階建ての建物を指差した。 「あれが、僕の家。二階と三階が住居だよ」  黒を基調としたスタイリッシュな四角の建物は、一階がガラス張りで、白で統一された清潔な店内がよく見えた。  パティスリー・KIRINO――深紅の看板には、流麗な白い文字が躍っている。
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