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航の言葉に、颯希は嬉々として聞き入っている。濡れたような黒い瞳は、生き生きと艶を帯びていた。
「俺のは白。航のと色違いだ」
ずいっと示された手首には、白のリストバンドがはめられている。
輝く笑顔を前に、少々の寂しさを覚えた。
(もう、大丈夫だろう)
最初に拝めたことは光栄だが、この笑顔を独り占めできるはずもない。航の役割は唯一の友人となることではなく、颯希をクラスの一員として輪に招き入れることだ。
(僕ほど使命感のある級長はこの世にいないよ、きっと)
思いがけず贈られたプレゼントを手首に装着すると、突き出された颯希の拳に自分の拳を軽く打ちつけた。
「颯希の名前は、もしかして五月生まれだから?」
「そ! 安直すぎて気に入らねえ」
少しも嫌そうではない口調がおかしい。帰り道、自転車を押す航の隣を歩く彼の頬は夕映えに照らされている。
「案外、宏則と気が合うかもな。同じ五月生まれだし、宏則はサッカー部の主将で正キーパー、しかも目標の選手は鬼島なんだよ」
「嘘だろ。あのポチャが? 鬼島を目指してる、だと?」
「ああ見えて動きは俊敏だよ。居残り練習もよくしてるし、じつは努力家なんだ」
明らかに不機嫌そうな級友を横目に笑いを堪える。この情報が吉と出るか、凶と出るかは神のみぞ知る、だ。
黄昏星が煌めく夕空は、明日も晴天であることを告げていた。
週明けの教室で、今度は颯希が宏則に突進する番だった。その勢いは、まるで獲物を発見した空腹のチーターである。
宏則のすぐ後ろに座る航は、臨戦態勢を意識して椅子を引いた。
「昨日は誕生会に行けなくてごめん。俺、時間を勘違いしてた!」
凛とした声が教室中に響き渡る。さすがに罰の悪そうな宏則に向かい、颯希は極めつきの笑顔でとどめを刺した。
あの中原が笑った……!!
まばゆい笑顔にクラス全員が感動と恐怖を同時に覚えた。
颯希は宏則に背を向けると、おもむろに着ていたジップアップパーカーを脱ぎ捨てた。と、呆気に取られていた宏則の口が開かれていく。
「あ!!!!」
Tシャツの背中にでかでかと描かれていたのは、宏則が敬愛するゴールキーパー、鬼島であった。長い腕を広げて相手を威嚇する勇ましい姿、KISHIMAとローマ字で記された力強い文字……。
肩越しに振り返った颯希は、航に向かって拳の親指を立てて見せた。得意気な顔の横で、白のリストバンドが燦然と輝きを放つ。
諦念の笑いを浮かべて同じ動きを返した。航の手首にはめられた友情の証は、鮮やかな緑色である。
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