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何がどう転んでそんな話になったのだろうか。
篁はため息をつきながら良房を自分に与えられた東の対に通し、家女房には「近寄るな」と念を押した。
東の対には小さな塗籠が作ってあり、そこに篁の「宝物」は隠されていた。
陸奥で使った蕨手刀があり、帝に禁じられたと篁が思い込んでいる弓矢がある。
その中に、妹から失敬した衣や市女笠もあった。
「女物だな」
それを見せられて良房は少し戸惑った。
実は自分は女なのであると、篁が言い始めないかと思うと、良房は少し背筋がぞくっとした。陸奥で女になった、だろうか。なにしろ相手は数日前に二人の盗人を叩きのめした腕っ節である。下手なことを返せば何をされるかわからない。下手に口を開いてはならない。
しかし、明らかに隣に立つ高身長の男の頬にはヒゲを剃った跡がある。潔姫の柔らかな頬と比べれば大違いだ。さすがに篁は女ではないだろう。
「五条の大橋に鬼が出る話を聞いてな」
ポツポツと篁は喋り出した。
「最近退屈なので鬼退治でもしようと思って」
篁は女物を指差した。
「ならば、須佐男命に倣ってだな、」
「八又の大蛇ならぬ、五条の鬼?」
噂の女の鬼は篁かと気づいた良房はブフッと吹き出した。
今でこそ、「染殿の大夫」「上皇の婿君」と呼ばれて神妙な顔をしているが、中身はただの二十歳の若い男なのである。
耐えきれず、ケラケラと笑い始め、良房はとうとう床に転げた。
篁は座って膝に頬杖をついて、良房を見た。
「そんなにおかしいかねえ」
「いや、その、発想は、いいんだ、発想は。その後だよ。六尺の篁が、なんで、七尺になったかなあと」
「夜だから、そういう風に見えたんだろ」
「ちょっと、篁、どんな格好をしていたんだ」
篁は一人で女の衣を着て、陸奥の蕨手刀を体に這わせ、上に袿を羽織った。
良房はその足を見て気づいた。
「毛むくじゃらの足とはこれか」
篁は悲しそうに自分の足を見た。
つるりとした足である。毛むくじゃらではない。
しかし、その様子は、まさしく女の鬼が、どこかから得た人間の女の衣の裾が短すぎると嘆いているように見えて、良房は再び転げ笑った。
「女は指貫は履かぬが、大口なら男も女も変わらないんだから。色の濃い大口袴はないのか。篁の、だよ?」
大口袴まで全て篁は妹のものを着けていた。
自分のものでいいのかと気づいて着直せば袴の裾からは足は出ない。
「そうだよ。それでいいんだよ」
良房は篁を座らせて、篁の髷を解いた。
「かもじをつけて、宝髻を作ってだな。いや、宝髻にしなくても、最近の若い娘は髪を下ろしたままにしているな。閑院の姉妹たちもそのようにしているのだ。うむ、こうやって座ると、なかなかのものだぞ。」
篁はそりゃそうだろうと思った。
子どもの頃は妹は篁にそっくりだと言われていたのだから。その妹は美女と言われるようになった。美女とそっくりなのだから美女なのである。
良房は、篁をそっと寝かしつけるような真似をして、満足そうな顔をした。
「遅くなると、皇女の上が心配するでな」
そう言って、女の形の篁を残して染殿に帰っていった。
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