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報告(ゼロス)
グレンの結婚式前日、ゼロスはクラウルと一緒に午前中から実家に戻った。グレンの結婚相手は午後からと聞いていたからだった。
家の前に馬車が着き、まだぎこちない感じで降りるゼロスをそれとなくサポートするクラウルはとてもさまになっている。もっと言えば、慣れているだ。
「悪い」
「いや。痛まないか?」
「もう固定具も外れただろ。まだ違和感があるのと、少し筋力が落ちただけですぐに戻す」
まったく、心配大魔王だ。
もう全部の包帯は取れた。爪も大分生えてきて、今は揃っていない部分だけを保護している。それでも全体的に薄皮のようなものがついたから、違和感はあるが痛みまではいかない。
それでもクラウルは、まるで大怪我をしている人をケアするくらいバカ丁寧にサポートしてくる。少々恥ずかしくていたたまれない状態だ。
今日も足のリハビリがてら歩いてと言ったが、即刻却下されたのだ。
土産をクラウルが持ち、更に荷物までクラウルが持っている。その状態で実家のドアを叩くと、でてきた母が慌てた様子でクラウルへと近づいた。
「こんなに沢山持たせてしまって。ゼロス、アンタ自分の分くらい持ちなさい」
「持つって言ったよ。却下されたんだ」
母の非難は最もだが、こちらにも言い分はある。ムスッとクラウルを睨むと、こちらは完全に天然タラシモードだ。
「俺が心配で、持たせてもらったんです。まだ足の方もリハビリ中なので」
「本当に、家の子がご迷惑をお掛けしてしまって」
「迷惑だなんて。俺がしたくてしている事なので、気にしないでください」
主婦を落とすような完全な笑顔に、年甲斐もなく母が頬を染めるのは見たくなかった。そして隣りにいるこの人は誰だ。本当に別人みたいで、ゼロスはジトリと睨んでしまう。
分かっている、緊張しているんだ。緊張すると別人を演じる癖があるらしい。「自分はこういう設定の役なんだ」と思う方が自然になれるとか。
自然すぎて違和感だらけで困る。
「まずはお入りくださいな。荷物はそこに置いておいてくだされば家の息子に運ばせますので」
「置いておいてくだされば、後で自分で運びます。あと、宜しければこちらを。お口に合えば良いのですが」
手にしていた箱を母に渡すと、母の目は色んな意味で輝いた。当然だ、最近話題の菓子店の焼き菓子の詰め合わせだ。手提げ袋のロゴ見るだけでモロバレだ。
すぐに招き入れられ、母はキッチンにお茶の準備をしにいく。荷物は玄関の邪魔にならない所に置かせてもらい、ゼロスはクラウルをリビングに案内した。
兄二人と、父がいる。父は穏やかそのもので落ち着いているが、兄達がとにかくソワソワしている。苦笑していると、クッと引き寄せられた。
見上げると静かな表情のクラウルがいる。だが、珍しく固まっているのだ。触れる手がほんの少し、いつもより強く力が入っているから。
百戦錬磨の暗府団長様だ。命のかかったやり取りや化かし合いなど五万としてきて、もっと緊張する場面も乗り越えてきた人だ。
そんな人が、たかが一般宅に命のやり取りもないのに、緊張している。
少しだけ、可愛いと思うのは仕方がない。
「帰ったか」
「ただいま、父さん」
「怪我の具合はどうだ?」
「もういいよ。包帯も外れた。指がまだ少しだけれど、リハビリも順調にしている」
「そうか」
父の力も抜けた気がする。あまり顔に出さないけれど、心配してくれてるのだと感じて申し訳なくなってしまう。
「まぁ、まずは掛けなさい。クラウル殿も」
「失礼します」
それとなくゼロスを気遣いながらリビングのテーブルに腰を下ろす。そのタイミングでお茶を持った母が入ってきて、全員分のお茶と、さっき渡した焼き菓子を出してくれた。
「さて」
お茶を一口飲んだ父が、ゼロスとクラウルを見る。その瞳の鋭さに一瞬怯んでしまった。穏やかな人だからこそ、こういう目が怖い時がある。圧迫感が凄い。
「クラウル殿、この度は家のことで大変なご迷惑とご心配をおかけしました」
「いいえ、当然のことをしたのですし、お気になさらないでください」
「こんな大迷惑な息子を、貴方は本当に、将来を見据えて側にと望むのですか?」
父の不意打ちの、早めの攻撃にクラウルは少し驚いたようだった。もう少し場が和んでからと、前日話していたから。
それでもクラウルの目は真っ直ぐに父を見ている。偽りを仕事とする暗府の長の、嘘偽りのない瞳だ。
「はい。ゼロスとは将来を見据えて、お付き合いをしています」
「今回、愚息のやってきたことが明るみに出てもまだ、その心に変わりはないと?」
「はい」
淀みない言葉に、父は腕を組んでしばし唸った。こういう父は珍しくて、どう対処するのが正しいか分からない。
だから、思う所を口にした。
「父さん、母さん、俺も真剣にクラウルとの事を考えている。真剣なんだ」
少し驚いたみたいにクラウルがゼロスを見て、テーブルの下でギュッと手を握る。それにゼロスも返して、ジッと父を見た。
「……男同士の結婚は、社会一般では見方も厳しい。それでも、繋がっていく自信はあるかい?」
「あります」
「あります」
そんな事は最初から分かっている。それでも躊躇いなんて一切ない。周囲の目が気になって別れるなんて浅い所にはもういない。
父は隣の母を横目で見て、母は穏やかに笑って頷く。たったそれだけで、父の空気も驚く程柔らかくなった。
「それを聞いて安心した。クラウル殿、愚息をよろしくお願いします」
「ヒューゴさん」
「ゼロス、お前もこれからはよく考えて動きなさい。お前に何かあると悲しむ人がいるんだ。軽率な事はするな」
「あぁ、父さん」
軟化したことにゼロスの表情も柔らかくなる。全体が和やかになると、母が薄ら瞳に涙を浮かべた。
「今日はお祝いごとが多いわね。お兄ちゃんも結婚だし、アンタまで。もう、これだもの私も年をとるわけね」
「母さん、年寄り臭い事言うなよ。それにまだ報告だけで、結婚とか言ってないだろ?」
「え?」
予想外に横から疑問の声が聞こえて、ゼロスは慌ててそちらを見た。隣の人はゼロスの視線に気付いて実に涼しい顔でやり過ごそうとしていたが、残念な事に動揺が隠しきれていない。
「俺、まだ結婚まで考えてないけれど」
「あぁ、そう、だな」
「……どこまで考えてた?」
「どこまでって……」
「正直に言え」
「……指輪のデザインどうしようかとは思っていた」
「まだ早い」
「……はい」
ピシャリと言うと、クラウルはしょんぼりして項垂れる。そして目の前の父は驚いたように目を丸くし、母は微笑ましく見つめていた。恥ずかしさに顔が熱くなる思いだ。
「ふふっ、仲良しね」
「母さん」
「お前が主導権を握っているのか? これは驚きだ」
「俺はゼロスには敵いませんよ」
「クラウル!」
よってたかって弄られて、ゼロスは顔を赤くして睨む。すると皆が笑うのだ。
何にしても、両親は快くクラウルを受け入れてくれた。そうすると様子見だった兄達が近づいてきて、まずは傷を心配したり謝り倒したりと、前にも見たような事になってしまう。
それを収めて、ゼロスはテーブルからソファーへと席を移した。
「それにしてもさ、クラウルさんがグレンと同年代って、未だに信じられないな」
イアンがそんな事を言って、グレンはちょっとムッとする。クラウルは苦笑するばかりだ。
「いや、だってさ! クラウルさんの貫禄? 大人! ってかんじがするし」
「俺も大人だ」
「どっしり感がない! あと、頼りない。こう……俺に任せておけば大丈夫てきな要素が足りない」
「なにぃ!」
こういう所で突っかかっていくから余計に大人げないんだと思うんだが。
見ればクラウルはなんと言っていいか分からない顔をしている。今日はこの人の珍しい顔を多く見る様な気がしている。それだけ、この状況は慣れないのだろう。
「イアン、比べる相手が悪い。その人は騎士団の一角を担う人だ、背負う責任も経験も人並み以上だ。末端貴族のボンボンとは置かれている環境が違いすぎる」
「親父も酷い!」
話しを聞いていた父が横から口を出して、余計に涙目なグレン。そこにグレンの婚約者家族が入ってきたものだから、何事かと首を傾げる自体になった。
「それにしても、ゼロスに恋人とはねぇ」
グレンの婚約者家族にお祝いと自己紹介をすると、彼女は驚いたり、逆に祝福をされたりと忙しい。
この人は結構肝の据わった人で豪胆だ。ちょっと頼りないグレンをしっかり支えてくれるだろう。
だが昔から少し距離感が近いのには困っている。
「しかも彼氏! 彼氏よあんた! アンタの元カノ達が知ったら腹抱えて笑いそう」
「もう、止めてくれよアン!」
ゼロスと彼女とは手伝いをしていた飲食店の先輩後輩の関係で、ゼロスの色んな過去も知っている。元カノ事情まで知っているのだ。
「いいじゃない、あんた幸せそうなんだから。それに、全員綺麗に別れてるからいいでしょ?」
「そういう問題じゃないんだって……」
なんせ、心配大魔王は同時に溺愛大魔王でもある。こういう話しを聞いていらない心配をされたくないし、これ切っ掛けで喧嘩とかは嫌なのだ。
だが、クラウルは意外にも落ち着いていた。
「ゼロスはそんなに女性にもてたのかい?」
クラウルがアンへと訪ねると、アンはニコニコしながら頷いた。
「勿論よ。長身でガタイがよくて、尚且つ優しくて気遣いができるなんて、女が放っておかない感じよ」
「ほぉ」
笑ったゼロスを見る視線が少し怖い。なんだかいたたまれなくて視線が合わせられない。
だがこの視線に気付いたのはゼロスだけではなく、直ぐさまアンが楽しそうに笑う。
「やだぁ、乙女ゼロス! それに彼氏さんも結構焼きもち? ちょっと、楽しい!」
「アン!!」
これ以上油を注ぐような事はしてほしくない。
が、指摘されたクラウルはやや恥ずかしそうだった。
「心配しなくても、ゼロスって昔からさっぱりした人ばかり選んでたから、後腐れなんてないですよ。それに、ゼロスのそんな顔私も初めて見ました。間違いなく、ゼロスは彼氏さんLOVEですって」
ケタケタと笑うアンのほうが、どうやら一枚上手だったみたいだ。
その夜、アットホームな夕食も終えて、ゼロスはクラウルを自室へと招いた。一般団員の部屋くらいしかない部屋は、二人だと少し狭い気がした。
「ここがお前の部屋か」
辺りを見回しながら物珍しそうなクラウルに頷いて、ゼロスはラグの上に座る。狭いから余計な物は置いていなくて、机とベッドとタンスくらいしか目立つ家具はない。当然テーブルセットなどないから、必然的に座るならラグかベッドだ。
「物が少ない」
「あまり物は持たないほうなんだ。片付けも面倒だし、最低限のものがあればいい」
「だが、全部使い込まれているな」
窓際の机の上にあるランプはけっこう古いし、タンスには傷もついている。確かにとても長く使っていた。
「大事にしたい物を大事に長く使うのは、いい事だと思う」
「クラウルの部屋は意外と物が多いだろ。最初驚いた」
彼こそ「必要のない物は置かない」というタイプかと思ったのだが、それに反して物が多い。使い心地のいいクッションや観葉植物、趣味の本や、お気に入りのマグ。
「寛げる場所は、大事にしたいんだ」
フッと笑うクラウルが隣りに腰を下ろし、部屋を見回す。そんなに見られると少し恥ずかしい。本当に物が少ないから。
「そんなに見るなよ」
「いや、こういう場所で生活していたんだなと思ってな」
「普通だろ」
「居心地がいい。この部屋も、お前の家族も」
穏やかな笑みは本当に気を抜いている時のものだ。それだけ、家族やこの場所を好いてくれているのかと思うと自然と嬉しくもある。ゼロスにとっても家族は、とても大事なものだから。
「一緒に食事をさせてもらって、ヒューゴさんともお酒を飲んで、受け入れられていると感じた。男同士の交際を報告するだけでもどんな反応か、心配だったんだ。なのにあのように歓迎されて、一緒に酒まで飲ませてもらって、感謝している」
「クラウル……」
「両親に会いに行きたい」と、クラウルは言っていた。でもそれは前向きなものよりは、ケジメという面が大きかったのかもしれない。だから緊張していたのか。
ゼロスは笑って、隣りにある手に触れた。
「もう平気だろ? ここはもう、クラウルの家でもあるんだよ」
伝えると、クラウルは少し驚いた顔をして、次にはふわりと柔らかい笑みを浮かべた。
「嬉しい、素直に」
「今度は俺が、クラウルのお母さんに会いに行かないとな」
「あぁ、きっと喜ぶ」
「物言いがついたりはしないか?」
「しないさ」
互いに笑い、重ねた手を意識して、クラウルはゼロスの額にキスをする。
穏やかな夜がゆっくりと、とても優しく過ぎていくのだった。
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