責任は人それぞれ(ゼロス)

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責任は人それぞれ(ゼロス)

 目が覚めた翌日、ゼロスは自分の状況をトクトクとエリオットに教えられて小さくなってしまった。  まず一番危険だったのが、脱水。足の炎症も相まって進み、意識障害を起こすレベルまできていたそうだ。これが夏だったら死んでいたと言われ、延々と見ていた思い出は本当に走馬灯だったんだと改めて思った。  頭を殴られた傷は脳震盪と多少の出血。こちらはもう問題なく、瘤ができた程度だった。  そして右足は、小さな骨にヒビが入っていた。最初はそんなに酷くなかったが、無理に動いたりモニカに殴られたり踏まれたりしたせいで悪化したようだった。  ただこっちは固定され、炎症も治まると痛みは引いたし熱もない。様子見だが、しっかり固定できているので松葉杖で移動する事は出来るとの事だった。  爪は全部がボロボロで、指先が今はとても痛い。剥がれた爪は毎日清潔にして薬を塗っても、二ヶ月くらいしないとしっかり生えないそうだ。  実際の時間は一日か二日。だがもっと長い時間を感じていたゼロスは、その後ファウストにも多少怒られ、一ヶ月の謹慎と反省文を言い渡された。現在の行いではないが、元を正せばゼロスの素行の悪さが原因だ。  でもこの謹慎は、ファウストの優しさだとも思っている。体を休めて無理なく療養出来る時間を強制的に言い渡された。そういう事だろう。 「それにしてもさ、ホント人騒がせだよねゼロス」 「ほら、リンゴ。ハリーに食われる前に食べなよ」 「悪いな、レイバン」  クラウルの部屋に見舞いに来ているレイバンとハリー、そしてランバートとコンラッドはそれぞれ見舞いの品と言って色んなものを持って来てくれた。  果物を持って来てくれたレイバンがリンゴ一つを綺麗に剥いて、ゼロスに渡してくれる。 「これに懲りたらバカな事は止めろよ」 「もう二度としないし、こんな事する理由がない」  コンラッドはいつにも増して小言が多いが、それだけ心配したんだろうから甘んじて受ける。というよりも、暫くは何も言い返せないだろう。 「まぁ、何にしても無事でよかった。お前に何かあるとクラウル様、本当に壊れるぞ」 「怖い事を言わないでくれ、ランバート」 「お互い、溺愛体質の恋人を持つと下手を打てないってことだよ。肝に銘じておけ」 「分かった」  ランバートは苦笑しているが、人ごとではないのだろう。向けられる言葉や視線が気遣わしげだ。 「それにしてもさ、本当に全員の起訴取り下げるの?」  ハリーの不服そうな声に、ゼロスは「あぁ」と短く答えた。  当然起こった事が起こった事なので、それなりの裁判はある。だがどれも大事にはしないで欲しいと、ゼロスは事件を扱うクラウルの兄ライゼンに伝えた。過去のゼロスの行いにも問題がある事を包み隠さず伝えると、彼は真剣に説教をしてくれた。  その後で、「クラウルを頼む」と言ってくれたのだ。なんて言葉を尽くしたらいいか、分からないくらいだった。 「ジャクリーンは離縁されて、実家も勘当されて親戚の家に下女として入ったんだろ? 大丈夫かね?」 「大人しくはなるんじゃないか? そこでも問題起こしたら娼館に売ると言われてるらしいし」 「モニカは修道院に送られるらしいね。王都からはかなり遠いから、どうしたって戻ってこられないだろうって」  レイバンやランバート、ハリーの言葉にゼロスは僅かに俯いた。  ジャクリーンは今回の事件で拉致に加担したとされたが、初犯であり、全体像を知らなかった。  だが彼女の夫は彼女を離縁し、実家は事件を起こした娘を追い出した。王都からかなり離れた田舎の親戚の家に奉公に出されるとあって荒れたそうだが、「ならば娼館に売り飛ばす!」と言われて黙ったそうだ。  モニカも今回の事件で拉致に加担し、家は勘当された。行き先は修道院で、そこで一生を神に仕えるようにと言われて罪を軽減されたと聞いた。  二人とも十分な社会的制裁を受けている。事件の裁判でも既に猶予がついた判決で決まりのようだった。  問題はリリアンだった。意識は戻ったが傷が深く、今は一般の病院に移されたが入院が長引いている。  彼女の実家はリリアンを家から追いだし、王都から離れた保養所へと送ることが決まっている。傷がある程度癒えたらそちらに行くそうだ。  これを聞くと、胸が痛む。彼女達は皆、兄達を食い荒らしていたし実害もあった。ジャクリーンはグレンに高い物を求めてたかったし、リリアンは派手な遊びにグレンを連れ込み奴隷のようにしていた。  イアンはモニカと付き合っていた時、本当に全身傷だらけで痣を作り、服の下にボンテージを辱めの様に着せられて泣いていた事もあった。  耐えがたくてした事で、恨まれても構わないと思っていた。だが、今はゼロスにも大事な者ができた。そうした人を傷つけるこの結果は、素直に反省しなければいけない。 「一番納得いかないのは、ベアトリスか。不起訴……というか、責任能力がなくて罪を償えないとかさ」 「けれど一生、今度は本当に病院から出てこられないからな。国が管理している要塞みたいな病院だそうだよ」 「起こした事が起こした事だから、その措置もしかたないじゃん。両親も納得してるんだろ?」  皆がそれぞれに言う事に、ゼロスは僅かに俯いた。そして、昨日エリオットに伝えられた事を思いだしていた。  足の治療と指の状態を診にエリオットが来たときに、ベアトリスの事をそれとなく話してくれた。それというのもクラウルはこの件についてほとんど話さないのだ。  ベアトリスが今回の全ての首謀者で、施設を逃げ出して森へと姿を消し、歩いて王都まで戻ってきた。逃げた理由は、施設の職員がお腹の赤ん坊を堕胎させようとしたから。  この『お腹の子供』というのに何度も首を捻ったゼロスは、「は?」「え?」「えぇ?」という単語を何度も繰り返す間抜けな状態になり、エリオットを笑わせた。 「あの、彼女誰か他の人と交際をしていたんですか? それとも、まさか乱暴を?」  第一ゼロスは彼女とは体の関係がない。出会った当初からちょっと危ない感じがあったのが、兄と引き離す為に好意を見せるとドンドン加速的に依存しはじめ、危ないと思ったからだった。  だがそこでエリオットから返ってきた答えは、想像もできない答えだった。 「想像妊娠ですよ」 「想像……妊娠?」  不思議な単語が並び、ゼロスは首を捻った。ランバートの話では確かに下腹部がふくらとしていたらしい。だからこそ、誰かとの子が本当にいて、それが不幸な結果だったためにゼロスへの妄想を深めてしまったのかと思ったのだ。  だがエリオットは真面目に頷く。指先に薬を丁寧に塗りながら、色々と教えてくれた。 「貴方との妄想や想像を巡らせるあまり、結婚間近で一緒に住んでいて、幸せな人生を歩んでいる。そこに子供が居れば彼女的には幸せな家庭が完成する。元々依存性が高く思い込みの激しい彼女はいつしか自分が子供を授かったという妄想に取り憑かれたようです」 「いや、ですが……」 「ちなみに彼女、男性経験ないですよ。調べましたから」  淡々と言ってのけるエリオットもちょっと怖い。そしてそれ以上に、そんな妄想を募らせていたのかと思うと怖くなってくる。思わず背中がゾワゾワしてブルッと震えると、エリオットはおかしそうに笑った。 「人間の体は案外騙されやすいんです。強い思い込みで体が変化する事はありますよ」 「ですが、お腹がふっくらしていたと」 「ついでに言うと本当に妊娠しているように、月のものがこなくなり、悪阻もありますよ」 「そんな事があるのですか?」 「ありますね、人によりますが。呪いや偽薬と同じ事です」 「呪い……偽薬?」  偽薬は聞いたことがあるが、呪いというのは信じていない。首を傾げるゼロスに、エリオットは新しい包帯を手にしながら続きを話す。 「呪いはあるんですよ。ただそれは幽霊などのような目に見えない者の仕業ではなく、人間の悪意の塊の様なものです」 「一体、どんな」 「簡単です。呪いたい相手からほんの少し離れた所、相手に漏れ聞こえる程度の所で噂をすればいいのです。『あの人、誰かに恨まれているらしい』『誰かが呪ってるらしい』と」  怪しく光るエリオットの緑色の瞳に、ゾクリとする。冗談を言っているわけではない、そう語るような表情をしているのだ。 「ポイントは直接言うのではなく、あくまで漏れ聞こえる程度。人は直接言われるよりも噂を盗み聞いた時の方が気になるものです。しかも自分に悪意のある噂は気になる。自然と神経は過敏になっていく」 「ですが、噂ですよね?」 「神経が過敏になり、疑心暗鬼になる。噂する人々全てが自分の事を悪し様に言っているのでは? そんな気がしてくると当然言葉がきつくなったり、神経質になる。人間関係にもよい影響がなく、そうするとそれも呪いの影響で悪い事が起こっていると思う」 「そんな、流石に過敏過ぎませんか?」 「そうとも限りません。神経が過剰に反応していれば眠りは浅く、小さな物音でも気になる。睡眠不足で頭が働かず、体は疲れ、やがて食欲がなくなったり意欲が湧かなくなってくる。これはもう健全な状態とは言えません。病気になったり、鬱状態となって自殺。という可能性も出て来ますよ」  脅すようなエリオットの瞳と笑みが怖くて、思わず手を引っ込めてしまいそうになるが、エリオットはその手を離さず丁寧に包帯を巻いていく。 「まぁ、有効な人間とまったく効かない人間がいます。このように、思い込みによって人の体は変化があるもの。病は気からというのは、あながち間違いではないのです」 「では、ベアトリスも?」 「えぇ。まぁ、もうそんな妄想していませんがね」 「え?」  今度こそ怖いくらい綺麗な顔で、エリオットは微笑む。普段はとても優しく笑うのに、ちょっと怒っている時にはこれが毒のように見えるから怖い。  そしてこの様子では、きっと何かしたんだろう。 「彼女は信じ込みやすい。だからちょっと暗示をかけました。ゼロスとその兄とは酷い別れ方をして、心身共に傷ついた。怖い相手で、もう顔も見られない」 「……信じましたか?」 「えぇ、勿論。ゼロスに会いたいか聞いたら『そんな恐ろしい事できません!』と、顔面蒼白になって拒絶していましたよ」  エリオットの勝ち誇った顔はいっそ清々しい程で、ゼロスはやっぱりこの人は怖いと思うのだった。
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