繋がれて

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★クラウル  正直、生きた心地がしない。  焦りは腹の中をひたすら不快にし、冷静であれと何度も言い聞かせなければ勝手をしそうだ。騎士団の、しかも団長だ。疑わしいだけの情報で何人もの人間を攫い、拘束し、拷問してはいけない。それは、カールの望む治世ではない。  なにより、ゼロスが望まない。あいつはことあるごとに「憧れです」と言っていた。汚い仕事にも手を出しているクラウルを捉まえて、堂々と憧れを口にするんだ。  それを、裏切るわけにはいかない。 「戻りました」  話を聞いたファウスト、シウス。それにゼロスの幼馴染みで事の起こりを知っているコンラッドとクラウルが同席するなか、ランバートも戻って来た。 「どうだ?」  硬い声でファウストが問うのに、ランバートは真面目に頷いた。 「それらしい代行屋のアジトを知っている者がいました。現在、ボリスとハリーに張って貰っています。ウェイン様に、もう少し人を出してもらえるように要請してきました」 「ご苦労じゃ」  シウスからの労いの言葉に、ランバートは頷いて席に着く。  そして改めて、コンラッドに視線が向いた。 「コンラッド、ゼロスの過去の話教えてくれ」 「あぁ。今、その話をする所だったんだ」  コンラッドが出した六人分の名と、住所が書かれた紙。それを前にして、シウスが唸っていた。 「それにしても、素知らぬ顔でこれほどの娘の恨みを買っておったとはな」 「あいつもどうにかしたくて、それでですよ。当時はかなり荒れてたので」  それも少し、信じられない話だ。情に厚くてしっかりしているのは分かるが、荒れていた姿は想像ができない。 「事の始まりは、今から八年くらい前かな? 彼のお兄さん達に突然、妙なモテ期が来た事が始まりでした」  言葉を選びながらのコンラッドは、なんと言おうかかなり迷いながらの様子で先を続けた。 「手の悪い女にひたすら引っかかっていたっていうか。そもそも彼のお兄さん達ってそれまで女性経験とかなかったから、舞い上がっちゃって。ゼロスが『悪い噂のある人だから付き合わない方がいい』って言っても聞く耳持たなくて」  頭をかきながらコンラッドは言うが、ゼロスのその余裕はどこから来ているんだ? あいつはその頃から達観していたのか? 「手が悪いとは、いかなものかえ?」 「このリストの、上から四人が長男グレンさんの元カノですが、ほとんどが金の亡者で。時期的に、彼の父親が城の人事の重要ポストに就いた頃でした」 「その線から取り入りたかった家の陰謀も考えられるか」 「ゼロスもそう言ってました。あいつ、その頃には周囲にかなり顔が利く奴で、ちっちゃい面倒ごととか解決してたんで」  昔から面倒見のいい奴だったのか。 「まぁ、体がでかくて腕っ節が強くて愛想もそこそこよかったんで、頼りにした奴が多かったって事ですけれど」 「喧嘩か?」 「弱者の味方だし、彼なりの正義があっての喧嘩でしたけど、派手でしたよ」  ……やんちゃだったのだろうか。ガキ大将? まぁ、嫌いじゃない。 「まぁ、そんなんで情報は集まってて」 「そこで、近づいてきた女性が良い者ではないと兄達に警告をしていたのかえ」 「えぇ。まぁ、見た目は派手でもよかったので、お兄さん達はまったく聞き耳持たなくて。困り果てたゼロスが彼女達に近づいて、それで……」 「寝取っていったか」  ファウストの唸るような声に、コンラッドは遠慮がちに頷いた。 「あいつ、基本は思いやりがあって世話好きで面倒見がいいから、とにかく年上にもの凄く好かれる感じだし。そつなく色々こなすから、こっそり働いてた飯屋とかでも評判高いしで。そのスキル遺憾なく発揮してお兄さん達の彼女に近づいて行ったから」 「金だけ目的の相手よりも、魅力的か」 「まぁ、そういう事で簡単に乗り換えする女ばかりで。女の方からお兄さん達に別れを言わせて、その後暫くで理由をつけて捨てるを繰り返していったんです。お兄さんの方に戻ろうとしても、自分の弟と寝てた彼女は嫌だってなって」 「まぁ、普通だよなそれ」  呆れた様子のコンラッドとランバートが深い溜息をついた。そしてクラウルも溜息をついた。  これでは女の方が恨みに思うのは当然なんだろう。まぁ、利益目的で彼の兄に近づいた方もどうかとは思うが。 「だが、こんな簡単に相手をコロコロと変える女も不義ではないか?」 「シウス、元々義なんてない。愛情もなく金や地位だけを目的にしているから、簡単に変えられるし二股や三股も出来るんだ」 「爛れておるの。そんなの、何の意味があるものか」 「シウス様みたいに清廉な方ばかりじゃないって事ですよ」  これにはクラウルも同意だ。シウスはこっちの話題に疎すぎる。人間、損益勘定で動く者はかなり多いだろう。  だが、安心した。これならきっと簡単に釣れてくれる。 「とにかく、今の状態では逃げられないように見張るのが精々です。踏み込む理由がありません」 「理由は俺がなんとかしよう」 「え?」  ランバートの青い瞳が驚いたようにクラウルに向かう。シウスは複雑そうに、ファウストは少し嫌そうな視線を送った。 「お前が出るのかえ?」 「ゼロスの事だ、俺が出る」 「クラウル」 「あいつが嫌がる方法は取らない。その前に掴む」  そう言ったクラウルは不安そうなコンラッドを見て、怪しいと名の出た女の名前を指さした。 「コンラッド、この女の情報はあるか。何でもいいから全部出してくれ」 「あっ、はい。その人はグレンさんの二番目の彼女でジャクリーンさんです。金髪に碧眼の派手な美女で、とてもグラマーな人ですよ。年齢は三十代前半で、赤いルージュとかが似合う感じの人です」 「好きな男のタイプは?」 「自分の言う事を聞いてくれそうで、自分を持ち上げてくれる人。あと、もの凄く面食いです。高身長が好きで、自分よりも下につきそうな相手が好きだったと思います。男をアクセサリーか何かと勘違いしてるって、ゼロスが言ってました」 「分かった。後はこちらで調べさせる」  元の住所を素早く覚え、クラウルは執務室へと移る。そしてそこに呼び出したネイサンに、ジャクリーンの事を探らせ始めた。
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