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★ゼロス
目が覚めた時、ズキリと僅かに後頭部が痛んだ。それに、床が硬い。体も自由にならない感じがした。
まだ、ぼんやりしている。視界には僅かな瓦礫とそこの上から差し込む透明な明かり。それらを見ながら、徐々に色々と思いだしてきた。
実家から帰る途中、数人の武器を持った男に襲われて身構えたら、背後の馬車のドアが開いた音がして、あっという間に動けなくなった。おそらく、背後の馬車にも仲間が乗っていて、注意が前方に向いた瞬間に後ろから殴られたんだろう。
手が後ろになったままで痛む。長時間そうしていて、固まってしまった感じだ。だが、手を揺すると僅かに動く。縛った奴が手慣れていなくて助かる。これならどうにかなりそうだ。
次に足を動かして、走った鈍い痛みに奥歯を噛み締めた。足元を見れば、右足に鉄製の輪が嵌められていて、太い鎖がついている。その鎖の先を見ると、船の錨の様な物がついている。
しかも、何処かで足を痛めたのか右足が痛む。捻挫のような痛みで、無理に動かすとそこが鈍く痛んでワンワンと響いてくる。
芋虫のように転がされたまま、当たりを見回す。
そこはだだっ広い部屋で、物置小屋のようだった。全体的に薄暗いが、所々天井部分が崩れていて光が差し込んでいる。窓がなく、明かりは差し込んでくるものだけなのを考えると、地下室だろうか。壁際に大きめの階段が見える。
その階段の上にある木製のドアが不意に開いて、二人の女が降りて来た。
一人は亜麻色のストレートで、一見は清楚っぽい幼顔。だが目が、どこか暗く感じる。前髪で目元を隠しているのも原因だ。
もう一人は黒髪を肩ぐらいにした、強いウェーブのかかった女性だ。スレンダーで、体型のわかる大胆な服を着ている。化粧が濃くて、同じ黒い瞳が相手を威圧するように睨んでいる。
二人とも知っている。そしてゼロスは今回の全てを理解した気がした。
「あら、お目覚めのようねゼロス」
「あの、おはようございますゼロス様」
黒髪に派手な装いの女は高飛車に。清楚で陰のある女はオドオドとしながら近づいてくる。どっちがヤバイ人かと言えば、後者だ。
二人はぴったりとゼロスの横に来ると、しゃがみ込んで顔を覗き込んだ。
「相変わらず、いい男よねアンタ」
「リリアン」
「あら、覚えていてくれたとは光栄ね」
「あの、私は覚えておりますか?」
「モニカ」
「嬉しいですわ!」
髪に隠れた瞳をパッと輝かせたモニカの、その瞳がやはり暗い。動けない今、彼女を刺激するのだけは避けたい。
「ここは、どこだ」
「あら、教えないわよ」
リリアンは当然のように言って立ち上がる。腰に手を当て、ゼロスの前に自分の足先をわざとらしく出した。
そういえばこの女、女王様気質だったな。
「舐めるなら、教えてあげてもいいわよ」
「御免被る」
「相変わらず生意気な奴」
「それにしても、足大丈夫ですか? 少し腫れていますわよ?」
「っ!」
そう言って、モニカは枷のハマった右足首に触れる。瞬間、ズキズキした痛みが一気に背にまで走った感じがして奥歯を噛み締めた。
声を上げるとまずい。この女は病んでいて、悲鳴を好む。声を上げようものなら喜んで、余計に危害を加えるだろう。
「あら、お声を聞かせてくださいませんの? ゼロス様の声、とてもセクシーでゾクゾクしますのに」
「!」
「痛いですわよね?」
何度も何度も触れたり、少し叩くようにされると痛みが響く。脂汗が浮きそうな痛みを唇を噛んで耐えた。大きな怪我はあっという間に痛覚が麻痺するか、興奮状態で鈍くなるのだがこういうのは違う。半端な痛みはずっと響くのだ。
「モニカ、止めなさいよ。悪趣味だわ」
「むぅ、つまらないです!」
「っ!!」
ガンッ! とモニカが足首を踏みつける。声が上がらない程痛んで、頭痛がしてくるようだった。
「もう、ゼロス様のいけず! もういいですわ。勝手に死んでくださいませ」
「……え?」
痛みにワンワンと頭が鳴るが、それでも意識ははっきりしている。モニカの言葉に、ゼロスは顔を上げた。
「あら、いい顔ね」
「どういう……」
「ここ、古いでしょ? 明後日、取り壊されるのよ」
「生き埋めで~す!」
「なっ!」
こいつら、何を考えているんだ。
「私達は最後にアンタの顔を拝みに来ただけ。助ける気ないから、命乞いとかやめてちょうだいね」
「残念ですわ、ゼロス様」
言いたい事だけを言って、二人はゼロスから離れていく。
命乞いをするつもりはない。ないが、心臓が痛いくらい不安が押し寄せてくる。仲間達が探してくれていると信じている。クラウルが探してくれていると信じている。
それでも、明後日だ。間に合うのか?
木製のドアが閉まる音がして、丁寧に鍵を掛ける音までした。
古い石造りの床に転がったまま、ゼロスは何かできないかを考えてとりあえず腕を自由にすべく身を捩った。手首を捻ったり、擦り合わせたりしてロープを緩めていくとどうにか手は自由になった。
上半身を起こし、足首を見てみる。やはり腫れて、少し熱を持っているような感じがした。
それに手首はロープだったが、足は鉄製。鎖はその一つ一つが指くらいある鉄製のものだ。
「くそ!」
どうにかしなければ、黙ってここで死んでたまるか!
這うように進もうとしたが、足枷のついている右足が動かない。錨はかなり重量のある大型船用のようで、一人ではどうする事もできない。しかも繋がれている右足を負傷しているのだ。
喉が渇いてきた。腹は減っているが、どうにか我慢できる。でも喉だけは、辛い感じだ。
辺りを見回しても水などあるはずがない。水たまりもない。
焦りは深まるばかりだが、どうする事もできずに結局床に転がる。右足が痛んだ。
「クラウル様」
今頃どんな顔をしているだろう。約束を破ってしまった事を怒っているだろうか。きっと、心配をかけているだろう。それとも、愛想を尽かされただろうか。
苛立って、髪を片耳に掛けようとして、ゼロスは凍り付いたように固まった。そして確かめるように耳に触れて探した。
クラウルに貰ったカフスは、どこにもなかった。
「うそ……だろ?」
落とした? どこで? それとも取られた?
こんな事になって、しかもカフスまで落として、明後日には瓦礫に押し潰されて死ぬっていうのか! そんなの……死にきれない。
不安がマイナスな思考を連れてくる。身から出た錆だが……このタイミングというのは苦しかった。
ようやく少しだけ、素直になる事を自分にも許し始めたばかりなのに。
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