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見え始めた全体像
★ランバート
ゼロスが消えた翌日、午前。見える範囲の現状に変化はない。代行屋に出入りする者はなく、治安の悪いこの辺もひっそりと静かだ。
そこにクラウルの使いで来たのは、暗府の中でも綺麗どころの青年だった。
「カーティス先輩、お疲れ様です」
「あ~い、お疲れ。ランバート、目の下隈できそうだよ? 寝不足は美容の敵だし」
「おちおち寝てられませんから」
ランバートにこのような調子で話しかけるのは、暗府六年目のカーティスという青年だ。小柄で色が白く、鳶色の長い髪を首の後ろで軽く一つに束ねている。大きな青い瞳は蠱惑的で、浮かべる表情も小悪魔的だ。
彼のような小柄で線が細く愛らしい者達を、暗府では「女形」と呼んでいる。偵察や潜入の際、女性をやる事が多い者達をそう呼ぶ。ラウルもこちらに入るのだ。
彼らはその時々によって少女や少年を演じ分ける技量を持つと同時に、恐ろしい暗器使いでもある。
カーティスは愛らしい少女的な笑みを浮かべて、ランバートを見た。
「うちのボスの嫁ちゃんが世話掛けるね」
「俺の親友で仲間です」
「あ~、だね」
「……クラウル様、どのような様子ですか?」
心配で問いかける。冷静に指示を出していたし、顔には出さないようにしていた。だが明らかに憔悴はしている。心配でたまらない様子だった。
カーティスは苦笑して、肩をすくめて首を横に振った。
「だ~め。あんなに焦ってるボスって、珍しいよね。明日砲弾降ってくるんじゃない?」
「止めてくださいよ。最悪、血の雨がリアルに降る可能性は捨てられないんですよ?」
「え? それ、いつもの事だから今更……」
「止めてください」
「でも、ありそうだね。嫁ちゃん来てから丸くなってきたから安心してたんだけど」
溜息をついて隠しもせずにこんな事を言うカーティスは、口調の軽さが軽薄そうだと言われる。けれど案外裏で気を回してくれるのかもしれない。
「これで嫁ちゃんにもしもの事があったら、あの人本当に悪魔になると思うんだ」
不意に真面目な声で呟かれる言葉を、ランバートは否定しきれずに聞いていた。
クラウルに限った事ではない。うちの団長達は皆、恋人を愛しすぎる。失えば心を砕かれ、悪魔にも屍にもなってしまいそうなほどに。
時々、エリオットやラウルと一緒に集まるとこんな話しが出てくる事がある。そして全員が願うのだ。相手よりも一日でいい、長く生きなければいけないと。
「見たくないな、そんなボス。冷酷非道なくせに意外とお人好しなあの人が好きなんだ。嫁ちゃん死んだら、お人好しなあの人いなくなっちゃうよ」
「そんな事にはさせません。まずは、仕事してきます」
「……だね。俺も側にいるから必要なら使ってね」
ヒラヒラ小さめの手を振るカーティスに頷いて、ランバートは彼から必要な令状を受け取っていざ代行屋のアジトへと向かっていった。
代行屋のアジトは古いアパートメントの一階。二部屋を内部でぶち抜いている。出入口は表に二カ所、裏に一カ所。裏口にドゥーガルドとハリーを、突入しない方の表入り口にチェスターとトレヴァーを、ランバートの側にレイバンとボリスを置いた。
そうしてドアを叩くとすぐに、厳つい容姿の男が現れた。
「あぁ?」
「帝国騎士団だ。お前達に、捜索令状が出ている」
よく通る声は室内に十分に響いた。そうしてすぐに、部屋の奥から男が一人出てきた。
厳つい奴等の中にあって、そいつだけは様子が違う。格好も小綺麗で、黒髪を無造作に撫でつけた三十代くらいの男だった。
「何に対しての捜索令状でしょうかね?」
「昨夜、騎士団の者一人の行方が分からなくなった。周囲に聞き込みをした結果、不審な馬車と人物の目撃情報が出ている。馬車から辿ると、こちらで借りたと記録が出た」
ランバートは鋭い視線でそう伝えた。
実はこれは、フェイクだ。コナン達が貸し馬車の記録を調べているが、取り急ぎ伝えてきたのはこの代行屋が借りた記録はないという事だった。そのかわり、違う名前が出て来ている。
男は口元にいけ好かない笑みを浮かべ、ランバートを見る。
「知りませんね。本当にうちですか?」
「違うと?」
「当然です。そんな馬車を借りた覚えはありませんよ」
「ありゃ女が借りたんだもんなぁ」
ニヤニヤと後ろでこのやり取りを聞いていた奴の何人かが、上機嫌で囃し立てた。その瞬間、ランバートはニヤリと笑い代表の男は剣を抜いた。
下からランバートを斬り倒そうとする剣は、ランバートの前に左右から出て来てクロスされた二本の剣に阻まれる。一歩下がったランバートの左右に、レイバンとボリスが姿を現し男の剣を弾き上げた。
「女が借りて、お前達が拉致した」
「っ! お前等逃げろ!」
ボスの言葉に中にいた二〇人程度の男達は一斉にそれぞれの出口へと逃げていく。だが、この声を合図にしたのは中の奴等ばかりではない。それぞれの出口に張り付いていた騎士団メンバーが一斉にドアを開け、中へと踏み込んだのだ。
「騎士団員拉致事件に関与の疑いありとして、全員を拘束する。大人しく縛に就け!」
室内は蜂の巣をつついたような大騒ぎになり、ものの数分で鎮圧された。男達が全員捕らえられて幌馬車に放り込まれ、東砦へと連行されていく。
だがボスの男だけは縄で拘束されたまま、室内に残された。
ランバートは室内を見回し、小さな金庫の前に立った。ダイヤル式の金庫は子供くらいの高さがあり、結構頑丈に見えた。
「ナンバーは」
「誰が言うか」
「そうですか。ではそれで構いません」
入り口へと視線を向けると、そこに立っていたカーティスが器用に片眉を上げて近づいてくる。そして、金庫の前に立ってしげしげと眺め始めた。
「一昔前の型かな? すっご~く、場違い」
「開けられますか?」
「あれ? ランバート誰に言ってるの? 当たり前でしょ?」
彼は金庫のダイヤル部分に片耳を当て、摘まむようにダイヤルを回す。そして十分ほど様子を伺いながら左右にそれらを回す。そのうちにカチリと、誰が聞いても開錠されたと分かる音が響いた。
「楽勝~」
「有り難うございます」
カーティスと位置を代わったランバートが金庫のドアに手をかけて引く。すると下段にはたっぷりの金が積み上げられていた。
「うっわぁ、これ見よがし。こういう仕事って儲かるんだね~」
「ヤバイ仕事は危険手当が付くんじゃないっすか?」
「え~、そんなの俺いつもなのに危険手当なんてついたことないよ?」
「騎士団にいる時点で危険を了承してるようなものですので」
不服そうに頬をぷっと膨らませるカーティスに苦笑して、ランバートは中にある書類を引っ張り出した。
依頼書の紙束には、依頼内容が書かれているがどれも濁している。その中で目的の名前を見つけたランバートは素早くその内容に目を通した。
『ジャクリーン・アビントン様
三月二九日 午後四時から、ゼロス・レイヴァース殿の送迎依頼。
目的地、西四〇三通りに夜十時お届け』
ジャクリーンのサインもあることから、これが依頼書だ。不審な馬車の目撃時間と、依頼に残されている時間が一致している。
「日付と時間も指定されてるね。これって、嫁ちゃんの行動予測されてた?」
「最近はお兄さんの結婚の話とかで二週に一度は実家に帰っていて、しかも夕方には帰るというのがお決まりだったようです」
「ストーカーがいれば簡単に予測できちゃうのか」
ひょこりと横から依頼書を見たカーティスが唸った。
「西四〇三通りって、旧歓楽街で今は廃墟も多い場所だね。その辺にいるってこと?」
「その辺の廃墟を調べてみますが、詳しい事は暗府にお任せします。お好きでしょ?」
「大好物だよ~」
ニヤリと笑ったカーティスが少し怖い。思うが、暗府というのは隠れも含めて加虐癖のある人物が多い気がする。
「証拠物件を押収するぞ。トビー、宿舎に行って暗府に連絡してくれ。そろそろ、馬車の方もあれこれ分かっているだろう」
「了解!」
連絡係を買って出たトビーが早速走って行く。ランバートは立ち上がり、手にした依頼書を持って部屋を出たのだった。
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