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★クラウル
代行屋を引っ張り、今は他の暗府の者が尋問をしている。カーティスは「ボスがするんじゃないの?」と聞いてきたが、クラウルは首を横に振った。
今あいつらを尋問したら、一人や二人見せしめに殺しそうだ。
現在はジャクリーンを引っ張りに行ったネイサンの帰り待ちと、ベアトリスを調査している部下の帰還待ちだ。それと同時に、コンラッドにベアトリスについて聞いている。
「このリストの中で一番ヤバイのが、ベアトリスです。彼女はなんていうか……かなり異様というか」
「何があった?」
コンラッドは多少言葉を濁している。余程言いたくないのだろう。だが、その一番危ない奴が全ての首謀者である可能性があると言えば焦った顔をして全てを話し出した。
「ベアトリスはイアンさんの彼女で、かなり依存性の高い女性でした。自分をクズだと卑下して、会えば死にたいと言うような女性でした。儚げな可愛い人なので最初こそ男は寄っていくんですが、その度合いが酷くて大抵が見放すんです。その度に自殺未遂騒ぎを起こして」
「それはもう病院のレベルじゃないのか? 親はどうした?」
報告を終えてこの場にいるランバートが眉根を寄せ、カーティスも頷いている。ただカーティスに関しては感情がいまいち読めない。コイツも面の皮が厚い。
「ゼロスとの刃傷沙汰で病院入ったけど、それ以前はどうにか屋敷で面倒見てた感じだよ」
「おい、待て。ゼロスと刃傷沙汰とは、どういうことだ?」
眠れない疲労とゼロスがいない不安と心労が、どんどんクラウルを殺気立たせていく。当てられるコンラッドは何度も冷や汗をかいている。
「ゼロスへの依存がとにかく強くて、この人簡単にイアンさんを捨てたんですが、その後ゼロスから別れ話をしたらヒステリー起こしちゃって。当時ゼロスは近所の飯屋手伝ってたんですけど、そこに刃物持って乗り込んできて、従業員数人刺したんです。結局ゼロスが取り押さえて」
「うわ~、泥沼。嫁ちゃん罪作りだね~」
「カーティス」
「おっと、首がもげる」
「黙ってろ」
パッと自分の口を押さえた失言小僧がコソコソっとランバートの後ろに隠れる。本性は鬼畜でドSで血生臭いくせに、こんな時ばかりしおらしいフリをする。だから女形をさせるのに最適だ。
「この事があって、ベアトリスは病院に監禁されたと聞いています。そしてゼロスはこれを切っ掛けに騎士団に行くことにしたんだと思います。事件の二ヶ月後くらいに俺、あいつから一緒に騎士団入ろうって言われたので」
「そうか」
ある意味これがなければクラウルはゼロスと巡り会っていなかった。世の中何が吉となるか分からないが、だからといって見過ごせる話ではない。
それにしても、そんなヤバイ奴が今、裏から全てを操ってゼロスを攫ったのか? 他人を使って? そもそも王都にいることが既におかしいだろう。
その時、待っていた情報を持った人物が実に軽く暗府執務室のドアを叩いた。
「よっす、ボス。お望みの品持ってきやしたぜ」
顔を覗かせたのは、やけに俗っぽい男だ。硬そうな金髪に切れ長の薄青い瞳。八重歯が特徴的な男だ。制服のボタンを三つ開けて着崩している時点で多少イタイ事は認めよう。
そしてこの男が来ると、一人もの凄くテンションが上がって面倒臭いのがいるのだ。
「あ~、リュークス先輩だぁ」
「おう、カーティス久しぶりだな。いい子にしてたか、俺の子猫ちゃん?」
「オイタはしてないよ、ご主人様」
心底媚びた顔で近づいていき、猫のように擦り寄るカーティス。それを甘やかすリュークスもなれた様子でキザったらしく腰を引き寄せ頬にキスをしている。
普段は「バカップル」くらいで見逃せる事も、今は正直イライラしかない。
「リュークス、情報」
「うわぁ、機嫌最悪。ボス、視線だけで人殺せるレベルっすよ」
「さっさと出せ。お前がくびり殺されるか?」
「俺くびり殺しても駒が足んなくなるだけっすよ!」
ビクッと反応しつつ言う事は言って、リュークスは懐から一冊のノートを取り出してクラウルの前に置いた。
「あっと、そのノートは最後に。その前に俺から報告です」
「さっさとしろ」
「ボスの部下使いの荒さ」
「おい」
「ういーす。まず結論を言うと、ベアトリスの実家は現在もぬけの空。ゼロスを巻き込んでの刃傷沙汰があった翌年、地方に引っ越したみたいです。ゼロスの刃傷沙汰は聞いたっすか?」
「聞いている」
長い足を組み、腕を組んだままのクラウルが睨み下ろす。リュークスはそれにまったく動じる様子もなく、「話早くてよかった」と言って続きを話し出した。
「幸い彼女の入院先がここから一時間程度って事で出向いてきたんですが、彼女は脱走した後でした」
「脱走?」
「発作を起こしたフリをして部屋の鍵を開けさせ、入ってきた医者をぶん殴って半殺し。その他にも職員殴り倒して森の中に消えたらしくて」
「聞いてないぞ」
「管轄うちじゃないし、病院としては失態なんで管轄の砦にゴネゴネして密かに捜索してたみたいっすね」
「シウスとファウストに案件をあげる。それと、内部監査用意しておけ」
「これが解決したらお達し出しますわ」
そんな危険人物が逃げた時点でこっちに話がきていれば、こんな事にはならなかった。少なくともそんな話を知っていれば、クラウルは絶対にゼロスを一人で行動などさせなかった。
悔やまれてならない。しかも他人を傷つける事に躊躇いのない相手だ。今頃ゼロスはどうなっているというんだ。
「彼女の実家に行ってみたら、まだ新しい生活痕がありました。少なくとも最近、数日過ごしていたのでしょう」
「今はどうだ?」
「多分、最近は帰ってないですね。ゴミの感じがそうでした。拠点を移したのかもしれません」
「足取りを追う」
「違うのにもう頼んであります」
流石ネイサンと同期だ、こんなんでもきっちり仕事はしてくる。
「それを踏まえて、そのノートご覧ください。正直俺、こんなに病んでんの見た事ないんでちょっと具合悪くなりました」
促された一冊のノートは、ページが多少よれるくらい書き込んでいる様子だ。
手に取り、最初のページを開いた瞬間からクラウルは後悔した。乱雑に書き殴られる文字は思いをそのまま描き起こしたような勢いで、ひたすら妄想を綴っていたのだ。
『ゼロス様は私と結婚してくれると言ってくれた』『死んではいけないと言ってくれたのはこの人だけ』『今はただ少しだけ離れているけれど、後もう少しの辛抱よ』『早く会いたいわ』
こんな言葉がとにかく多く出てくる。
おそらく日記なのだが、彼女の中では今も自分は幸せな小さな家に住んでいて、ゼロスと籍は入れていないまでも一緒に住んでいる。
毎日が順風満帆で笑顔が絶えない家庭を築いている設定だ。
ゼロスは毎日何回も「愛している」と呟き、キスをする。
そして毎夜のように官能的に求めてくるそうだが、そこの描写がやたらとねちっこくて濃厚だが、どれも実感が湧かない感じだ。おそらく誰かの会話をそのまま書き残したのだろう。
そして最後の方になって、恐ろしい事が書いてあった。
『ようやくゼロス様との赤ちゃんを授かったわ。これまでずっとご縁がなかったけれど、とても嬉しい。ゼロス様もとても喜んでくれて、今から子供の名前を考えているの。生まれてくるのがとても楽しみだわ』
正直、鳥肌の立つ異様さというのは久しぶりだ。これまでにも人の手首から先ばかりを集めている変態や、戦利品に目玉を持ち出す変態、恋人が妊娠すると必ず殺す悪魔のような奴など、異常者については色々見てきた。だがそれでも、背筋が一瞬でゾワゾワするような異常さはあまりなかった。
「どうっすか、このイカレよう。俺、正直怖いっすけど」
「うっわ~、マジか。これ、嫁ちゃん大丈夫? こんなのに付け狙われて、今頃そいつと一緒かもしれないんでしょ?」
「カーティス待った!」
こいつと、一緒?
サッと血の気が引く。こういうタイプの人間が、現実と妄想との齟齬を酷くするとどうなるか。十中八九、現状を妄想に近づけたがる。都合の悪い意見をねじ伏せ、辻褄を合わせにいく。
それと同時にこの女は自殺癖がある。これが合わさると、考えられるのは……無理心中。
全身の血が一気に凍るようなおぞましさと苦しさに、クラウルは立ち上がった。そして部屋を出ようとして、戻って来たネイサンと勢いよくぶつかってしまった。
「うわぁ!」
驚いて声を上げたネイサンは、室内の凍り付くような空気と、凍り付いた顔をしているクラウルを交互に見る。そして「う~ん」と考えてから、ポンと手を打った。
「殲滅作戦ですか!」
「洒落にならんこと言うなネイサン!」
「止めてくださいネイサン先輩! 本当に血の雨が降る!」
「魔王降臨でお帰り願えなくなるからダメ~!」
キラキラといい顔をするネイサンを止めるリュークス、ランバート、カーティス。そんな声を聞いて少しだけ頭が冷えた。
溜息を一つ。そして自分に必死に「落ち着け」と言い聞かせて、クラウルはソファーに戻って来た。
「報告頼む、ネイサン」
「はい、ただ今。まず、ジャクリーンの方はあっさりと捕縛完了。現在吐かせていますが、概ね日記に書かれている内容しか知りません。ゼロスの居場所についても一切知らないようで、『自分はほんの少しあいつを痛い目に合わせてやりたかっただけ』と言っています。ひと一人拉致っておいて、何眠たいこといってるんでしょうね?」
のほほんとした声のまま、視線だけがイカレたように細くなる。一瞬だが殺気がダダ漏れ状態になり、リュークスがげんなりとした顔をした。
「協力者や、居場所について本当に知らないのか?」
「どうやら日記にあったベアトリスという女の指示に従ったみたいです。代行屋に指示した場所も、ベアトリスの指示した場所のようです。ちょっと怪我させてそこに放置して情けない姿を晒せばいいと思っていたようですよ」
うんざりなネイサンだが、クラウルはこの言葉を素直に信じた。
あの女は傲慢で我が儘、プライドが高い人物だろうが、頭はそれほどいいとは言えない。そして気分がよくなると何でも話してしまうタイプと推測できる。おそらく本当にこの程度の悪意だったのだろう。
いや、そもそも今回の事に加担していそうな人物に、ゼロスの殺害なんて事を考えている者はいるだろうか。人を殺すのだ、簡単な気持ちではないはずだ。
ただ一人、ベアトリスを除いて。
「それとさっきそこで、馬車の一件を調べていたコナンくん達に会いまして、報告聞きました。今のボスに会ったら萎縮してしゃべれないでしょうから」
「そういう気遣い出来るのにボスと同じレベルでキレるのやめないか、ネイサン?」
「え? こんなのまだまだでしょ?」
にっこり満面の笑顔。そういう部分が危ないと言われている自覚があるのにやるのが、ネイサンという人間だ。
「ネイサン、報告」
「あぁ、失礼しました。コナンくん達の報告で、例の馬車をその日その時間に借りていたのはモニカ・ウィンストンと判明しました。代行屋は例の場所に荷物を運び、そこに待機していた別の馬車に荷を積み直し、サインを貰って完了したそうです。受け取り完了のサインは別名でしたが、調べるとモニカの家の御者だと判明。また、馬車には数字がなかったので個人の物だそうです」
「モニカがゼロスの居場所を知っている可能性が大なんだな?」
「そうなりますが……今日はもうこれ以上の捜索は無理ですよ」
窓の外は茜が差している。貴族家への正式な捜査となれば令状がなければ入れてももらえない。だがその令状を出す部署はこの時間、もう開いていないだろう。
「シウス様には俺達から状況を説明して、明日の朝一には令状出せるようにお願いします。シウス様から部署に働きかけてもらうのが一番早いでしょうから」
「いや、俺が……」
「だ~め。ボス、酷い顔だよ。今にも倒れちゃいそう。昨日も寝てないんだろうから、寝ないとね」
確かに寝ていない。否、眠れない。体も頭も疲れているのだろうが、落ちる事ができないのだ。
「横になるだけでも違います。クラウル様、少しお休みください」
ランバートにまで言われてしまっては、多少は従わなければなるまい。
頷いたクラウルは皆を執務室から追い出すと鍵をかけ、ソファーに寝転がった。目を閉じるとやたらと瞼が重く、頭の芯も痺れている気がする。
沢山の思考が頭の中を巡るなか、クラウルはソファーに重い体を沈めるのだった。
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