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朝食を終え、晶子ちゃんは支度を始める。 今日は、道場に行くのだろうと思ったら、違うらしい。 出かける準備をしながら、オレを見て言った。 「道場に行く前に、墓参りにな」 「え?」 「――……今日が、母さんの命日なのだ」 「――……え……」 そう言って、晶子ちゃんはチラリと壁際の棚を見やる。 そこには、昔に撮っただろう、家族写真。 ガキの頃に遺影は見ていたが、記憶は曖昧だったから、初めて見るようなものだ。 ――晶子ちゃんのお母さんは、やっぱり晶子ちゃんに似ていた。 「……優しかった記憶しか……無かったな……」 その言葉に、何て返したら、いいんだろう――……。 オレは不意に思い出す。 ――ああ……だから、あの時、一人で――……。 お母さんの七回忌、晶子ちゃんが仏壇に手を合わせていた時――……。 あの時も――きっと、こうやって、思い出していたのだろう……。 ――あの時は、まだ、オレもほんのガキで。 何も考えずに、晶子ちゃんを守ってやる、なんて言っていたけれど――。 「……順之介……?」 オレは力の限り、晶子ちゃんを抱きしめた。 「――……昔も今も……こんなコトしかできなくて、ごめん……」 晶子ちゃんは一瞬止まるが、次にはオレの背中に手を回す。 「――……昔も今も……充分、頼もしいぞ」 そう言うと、晶子ちゃんから、オレにキスをした。 「し……」 そして、オレの胸に顔をうずめて、つぶやくように言った。 「――……本当に……いい男になったな……」 「晶子……ちゃん……」 ――……ああ、覚えていてくれた――……。 オレは、そっと晶子ちゃんを離すと、真っ直ぐに、そのきれいな瞳を見つめる。 心臓が飛び出しそうだけれど、今なら言える。 「――……じゃあ、オレのお嫁さんに、なってください」 晶子ちゃんは、オレを真っ直ぐ見つめ、そして―― 「――……ああ……。こんな私で良ければな――」 そう言って、笑ったのだ。
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