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『晶子ちゃん、泣いてるのー?』
晶子ちゃんのお母さんの七回忌。仏壇の前で、晶子ちゃんは座ったまま微動だにせず、ただ飾ってある写真を見つめていた。
隣近所で付き合いのあったオレと奏音と健人の家族は、みんなで法事の手伝いに来ていた。
忙しくみんなが動き回る中、オレはひとり、いつの間にか消えていた晶子ちゃんを捜していたのだ。
――その後ろ姿だけで、子供のオレでも泣いていると分かるくらいなのに。
『――……気にするな、何でもない』
振り返りもせず、気丈に言い切る晶子ちゃんを見て、オレはその震える背中にそっと抱き着いた。
『……順之介?』
『晶子ちゃんのコト、いじめるヤツは、オレがやっつけてやるから!』
すると、晶子ちゃんはうつむき、オレが回した手を、ギュッと握りしめた。
『――……ハハッ……頼もしいな、順之介』
『"たのもしい"?』
意味が分からず聞き返すと、晶子ちゃんは強く目をこすって、オレに振り返って無理矢理笑った。――口元しか上がっていなかったけれど。
『お前は、将来いいオトコになるな』
『……それっていいコト?晶子ちゃんも、うれしい?』
『ああ。……うれしいぞ』
そう言って泣き笑いの表情で、うなづく晶子ちゃんに、オレは見とれた。
『じゃあ、オレがいいオトコになったら、晶子ちゃん、お嫁さんになってくれる?』
――そんなものは、子供の口約束。
そう思われているのは百も承知。
だが、オレはあの時から晶子ちゃんは"隣の家のお姉ちゃん"ではなく、"女の子"として見ているのだ。
子供だと見くびってくれるな。
今の小学生は、思った以上に大人なんだぞ。
「順之介、聞いているのか」
「えっ、あ」
不意に肩をつかまれ、オレは反射で顔を上げる。
目の前には、不可解そうな表情をした晶子ちゃんが、オレを見ていた。
「――ごめん、何?」
「……いや、今度の運動会の日にちを確認したかっただけだったんだが……悪いな、さっき強く言い過ぎたか」
オレは、珍しく、しおらしくなった晶子ちゃんに、慌てて首を横に振った。
「ちっ……違うよ!オレの方こそ、ごめんなさい!」
「……本当か?」
「本当!それよりも、いつもどおり、月末の土曜日だから!」
「そうか。じゃあ、あけておく」
「え」
思った以上に、あっさりうなづく晶子ちゃんに、オレはおそるおそる聞いてみた。
「晶子ちゃん、来られるの?」
「ああ、毎年のコトだしな。奏音や健人も何かやるんだろう?」
うれしいと思った瞬間、落とされた。
「……オレのコトは聞かないの?」
ショックだ。晶子ちゃんの中での自分の立ち位置が見えたようで、オレはふてくされた。
すると、晶子ちゃんは口元を上げ、苦笑いを浮かべる。
「お前は、いつも必ず活躍するだろうが」
「あ、う、うん」
急な上げ下げは、やめてほしい。心臓がもたない。
期待というよりは確信したような言い方に、オレは、がぜん張り切る。
「見てて、晶子ちゃん!オレ、今年も応援団と、選抜リレーのアンカーだから!」
握りこぶしを両手で作って、気合いを入れて見せると、晶子ちゃんはうなづいてくれた。
「ああ。蔵内さんたちは、ビデオ撮影で忙しいもんな」
「……そういう、見てて、じゃないんだけど」
どんなにオレが晶子ちゃんを好きだと叫んでも、全然響かないのは分かってる。
――でも、時々、むなしく感じる時もあるのは分かってほしい。
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