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道場へ帰ると、すでに貴晴兄ちゃんが子供の部を仕切っていた。
晶子ちゃんが学校で遅いときなどは、いつも引き受けているので、生徒たちも今更ビビらない。
子供の部は、三歳児から十二歳――小学生までが対象だ。
だが、今、道場に来ているのは、最年少の幼稚園年長の女の子が二人、小学校一、二年の男子がそれぞれ二人ずつ、四年が女子と男子で計八人。
そんな中、ひときわ目立つ高身長の男子。
「健人、来てたのかよ」
「ああ、今日は時間あったから」
健人は、昔からイレギュラーで、来たい時に習いに来る。
本当はもう少しやりたいようなのだが、他にスイミングと英語と塾があるのだ。(奏音は英会話と学習塾、週一でダンスに通っている)
――オレは、純粋に晶子ちゃんの姿を見たいので、習ってはいない。(その代わり、いろいろ手伝いはしている)
まあ、何にせよ、今の子供は結構忙しいのだ。
晶子ちゃんが着替えて準備をしている間に、オレは生徒たちの準備運動やら、付き添いのお母さんたちの話し相手やら、何気に忙しい。
「ね、ね、順くんは運動会、リレーの選手?」
「あ、ハイ」
幼稚園児二人のお母さんに、にこやかに話しかけられ、オレはうなづく。
「そっかー!ウチの依子と一緒に見に行くから、頑張ってねー!」
そう言って、もう一人のお母さんとスケジュールをチェックしあっている。
この二人は昔から仲良しらしく、子供も同い年。なかなか、すごい。
東原小の卒業生でもあるらしく、行事ごとには、よほどでない限り参加しに来てくれる。
今の小学校は地域との交流も大事、と、小林先生が言っていたので、きっと悪いコトではないはずだ。
そんなコトを思っていると、道着姿の晶子ちゃんが入ってきて、オレは見とれる。(やっぱりキレイだ)
お母さんたちのクスクス笑いをスルーし、オレは晶子ちゃんの元に走った。
「晶子ちゃん、みんな健康です!」
「そうか、ありがとう」
他のトコは分からないが、晶子ちゃんは必ず生徒の健康チェックをしてから始めるのだ。不調のまま練習をして、倒れたなんていったら大変だから。
そして、それをチェックするのはオレの役目。
晶子ちゃんに言えなくても、歳の近いオレには話せるというコトもあるのだ。
(まあ、幼稚園児はお母さんたちに任せているが)
各自の調子をそのまま伝え、具合が悪い時には見学にするか、保護者に迎えに来てもらうか判断する。
小さい子供は、無理をしてまでさせないのが、この道場の方針。
とにかく、空手を好きになってもらいたいだけなのだ。
その代わり、大人の部は、時折けが人が出るほどにハードだ。
この前も、組手で熱中しすぎて、加減ができなかったという理由で、大学生二人が流血騒ぎを起こした。(まあ、その後すぐに、師範であるおじさんにこっぴどく絞られていたけど)
県内のいろんな大会の運営に関わるおじさんは、若い頃は日本でも五本の指に入るような実力者。
でも、晶子ちゃんのお母さんに出会ってすぐに、やめて道場を開いたんだって。(母さんがそう言ってた)
今は、貴晴兄ちゃんが活躍してくれているので、気兼ねなく隠居できると笑っていたそうだ。
そのおじさんは、今は東京の方に、大きな大会の運営の仕事に行っているので、しばらく帰ってきていない。
そんなコトは割とよくあって、ウチの母さんが帰ってきてから夕食を差し入れしたり、奏音の母さんが来て作っていったりは日常茶飯事ってヤツだ。
健人の母さんは、いつもは会社の仕事で忙しいが、大会の時には社員の人も誘って車を出してくれる。(ちなみに、地元の食品メーカーの社長さんだ。貴晴兄ちゃんのスポンサーもしているらしい)
いろんな人の協力があって、晶子ちゃんの道場は、県内でもなかなか優秀な成績を収めているのだ。
感謝してもしきれない、といつも言っている。
いつか晶子ちゃんも貴晴兄ちゃんのように、スポンサーつけて試合に出るようになるのだろうか――。
絶対にファンも増えてしまうだろうから、素直に喜べないけど……それでも、オレも見たいと思っているから、あきらめよう。
いつかのコトは今は忘れて、オレは道場の端に座って、指導をしている晶子ちゃんを見続けていた。
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