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「おはよう、順之介」
「おはよ、晶子ちゃん」
翌朝、いつも通り、晶子ちゃんの登校時間にオレも家を出ると、珍しく晶子ちゃんの方が先に待っていた。
昨日は結局、グルグルといろんなコトを考えてしまい、気がつけばリビングで母さんが帰ってくるまで爆睡してしまっていたので、不覚にも道場へ行きそびれていたのだ。
「昨日は珍しく、健人が来てお前が来なかったな」
「……別に、好きで行かなかったワケじゃないよ」
「どういうコトだ?」
キョトンとして聞き返す晶子ちゃんを見て、オレは開きかけた口を閉じた。
何となく、健人と離れて淋しい、なんて、子供みたいなコト考えてるのを知られたくはなかった。
「き……気がついたら、ソファで爆睡してたんだよ!」
「そうか」
晶子ちゃんは口元を上げた。
それだけで、オレの沈んでいた心は、ウキウキと上がるのだ。
「珍しいな。運動会の練習で疲れていたか」
「そっ……そんなコトない!全然平気だから!」
そのまま、帰りに待つのも、道場に行くのも断られそうだったので、オレは慌てて否定した。
「まあ、いい。無理はするな。別に、お前はウチの門下生という訳じゃないんだから」
そう言って、晶子ちゃんは学校へ向かった。
オレはそのスッと伸びた背中を見送る。
――……オレは、空手が好きというより、晶子ちゃんを見ているのが好きなだけなんだもん。
けれど、晶子ちゃんはオレに空手をやってほしいのかな……?
オレはその場で考え込みすぎて、しびれを切らした奏音に、迎えに来られてしまった。
「ねえ、バッカみたいでしょ、健人!」
奏音は、玄関で待っていた健人を見つけると、さっきのオレのコトを告げ口のように言い、文句をつらつらと並べ立てた。
それを、健人はあきれながらも、聞き流す。
「時間になっても集合場所に来ないけど、順之介が欠席ってありえないでしょ!?きっと、また、晶子ちゃんにまとわりついて遅くなってると思ったら、一人で道場の前でボウッと立ってるのよ!」
「――うるせぇよ、奏音」
改めてその状況を思い出し、自分でもバツが悪くなる。
晶子ちゃんのコトを考えていると、時間の感覚がなくなってしまうのだ。
オレは二人の先を行き、一人、教室に入っていった。
「あ、順之介、はよー!」
何だか、教室がいつもよりざわついている。
そう思ったら、瞬がオレのところまでダッシュしてきた。
「大変だぞ!小林先生、学校の階段から落ちて、骨折ったかもしれないって!」
「ぅえええ!??」
「「「うるさい、順之介!」」」
思わぬ状況に、オレは、思いっきり叫び、クラス全員からのブーイングを喰らってしまった。
周りに頭を下げながらも、オレは情報源の瞬を見た。
樫本瞬は、オレとは違って幼稚園出身だが、割と気が合って、健人の次に一緒にいるヤツだ。
クラスでは珍しく、メガネをいつもかけている。(けど、真面目という訳ではない)
「朝、何か用があって、二階に行ってたみたいで。で、下りる時、ダッシュして上ってきた一年生よけ損ねて、階段の半分辺りから落ちたって。落ち方がマズかったみたいで、動けなかったんだって」
「でも、救急車は来てねぇぞ?」
ここは消防署が近いので、何かあればきっと、もう救急車は到着しているはずだ。
「呼んでない。男の先生たちで抱えて、今、斉藤先生が東原病院連れて行ったって」
斉藤先生は、教務主任のおじさん先生だ。
集会の時なんか、騒がしくなるとすぐに注意する、神経質な先生。(まあ、うるさいだけで、嫌いではないけど)
「え、でも、ホントに骨折ってたら、どうするんだ?」
「どうするも何も……治るまで休むしかないだろ」
「運動会あるのに?!」
「仕方ないじゃん、そんなの」
淡々と言う瞬に、オレはイライラする。
「仕方ない、って――クラス担任がいなくて、どうするんだよ」
「そりゃ、代わりの先生に来てもらうしかないだろ」
オレは納得できず、でも、チャイムが鳴ってしまったので、渋々ながら席に着いた。
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