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「そんな顔をするな。――……昔の話だ」
「だって……」
その流れだと、まるで、初恋の人の話を聞いているように感じてしまうのだ。
「だから……事情をよく知っている身内のような人間がいる。……それだけで、心強く感じたのだ」
晶子ちゃんは、オレにそっと寄りかかる。
「――……まあ……今思えば、淡い恋、と言うものなのかもしれない。だが、それを自覚はしなかったし、私の中にはそれ以前に、恋愛という選択肢が無かったのだ」
それは、以前に聞いた事。
――私には、空手しかないから――。
もしも、自覚していたなら……きっとオレは今、ここにいないのだろう。
晶子ちゃんは、そのまま少し黙り込む。
「……晶子ちゃん?」
――まさか、今、自覚した、とか言わないよね?
すると、晶子ちゃんは、そのままポツリとつぶやいた。
「――……そういう意味では、お前が初恋なのだな……」
「え」
落ち着きを取り戻していた心臓が、また跳ねた。
――どうして、いつもいつも、不意打ちで!
オレは晶子ちゃんをのぞき込む。
「な、何だ」
少々たじろぎながら、晶子ちゃんが顔を上げる。
その赤い目には、まだ涙が残っていた。
「――……ありがと」
そう告げると、目じりに触れて、それを取り去る。
そして、続けた。
「知ってると思うけど、オレも晶子ちゃんが初恋だよ」
「――ああ、知ってる」
それは、苦笑いを浮かべて返された。
話し終えた晶子ちゃんは、どこかスッキリしたような雰囲気で、オレは安心した。
やっぱり、こうやって向き合って、話し合って――わかりあえるなら、それが一番良いのだろう。
そうやって、これからも晶子ちゃんと一緒にいたいと思う。
それだけは、確かなのだ。
その晩は、晶子ちゃんの部屋に泊まった。
と言っても、何をする訳でもなく、ただ、手をつないで、抱き合って眠っただけだ。
翌朝、起きると、腫れぼったくなった目を冷やしながら、晶子ちゃんが気まずそうにオレに言った。
「――……その……良かった、のか?」
「え?」
「そ、その……な、何もしなくて……」
言いたい事の予想がつき、オレは苦笑いをする。
「あのさ、晶子ちゃん――欲求不満なの?」
「――っ……!!!」
思い切り、持っていた冷えたタオルをぶつけられてしまった。
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