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それから、二年後。 今日は、人生で一番緊張しているんじゃないか、くらいの緊張感。 陸上の大会でも、こんな事は無かった。 タキシードを着て、豪華な椅子に座って固まっていると、不意にドアがノックされた。 「――おい、大丈夫か、?」 「健人!」 オレは立ち上がると、そちらにダッシュしそうになって止められる。 「待て待て。お前は、少しは落ち着け」 「――だって、仕方ないだろ!自分の結婚式だぞ⁉」 「――……まあ、仕方ないか」 あきらめたように笑う健人は、今、大学に通い、両親の仕事を手伝いながら、空手家として日本代表を目指している。 「この前の大会、準優勝だったんだろ?見に行けなくて悪いな」 「いや、お前も仕事あるだろ」 「そりゃそうなんだけど、オレ、仕事場で自慢して良いか?」 すると、健人は苦笑いしてオレの胸をつつく。 「な、何だよ」 「――いや、お前は、ホント変わらないな」 「ほめてないだろ」 「ほめてるんだよ。――……変わらない方が、難しいモンだからな」 健人はそう言って、少しだけ遠くを見る。 部屋からは、海が見えていた。 「少しは緊張がほぐれたか?」 「――……ほんの少し、な」 二人で笑い合っていると、ドアがノックされ、返事をする前に奏音が入ってきた。 「奏音」 「――相変わらずねぇ……。晶子ちゃんも、ホント、どこが良いのやら」 「うるせぇよ」 昔のようなやり取りに、三人で笑う。 ――いろいろあったけど、幸せな人生だった。 そう思えるのは、二人がいたからだ。 そして――これからも、ずっと。 「で、お前らは、いつ結婚するんだ?」 「じっ……!」 反撃くらいしても良いだろう。 健人の想いに奏音が応えたと聞いたのは、去年の事。 ようやく、とは思ったが、それが二人のペースなのだろう。 奏音は、大学卒業後にこちらに戻ってくるらしく、今は遠距離だ。 「まだ先よ、先!」 「え」 奏音が真っ赤になって答えると、健人は目を丸くした。 「――何よ」 「い、いや、結婚……考えてくれてるんだ」 「え、あ」 完全に口を滑らせた奏音は、全身真っ赤だ。 パーティードレスはピンクなのに、それよりも赤い。 「じゃあね!張り切りすぎるんじゃないわよ!」 奏音は、そう言い捨てて、部屋を出て行く。 残された健人は、慌ててオレを見る。 「ゆ、夢じゃない、よな?」 「ハイハイ、さっさと追いかけろって。オレの専門学校の時の仲間、まだ独身だらけだぞ」 そう言うと、健人はうなづき、慌てて部屋を出て行った。 それを見送ると、次々に小中高、専学と、世話になった人や仲間たちが入れ代わり立ち代わり挨拶に来てくれた。 何だかんだ言って、周りの人には恵まれていると思う。 「順坊(じゅんぼう)、大丈夫か?」 少ししたら、貴晴兄ちゃんが部屋をノックして入ってきた。 「貴晴兄ちゃん、心配しすぎ」 「いや、おれも自分の時は緊張したからなぁ」 苦笑いを浮かべる貴晴兄ちゃんを、今度は義兄(にい)さん、と呼ぶのかと思うと、何だか不思議だ。 「――でも、良かったのか?こんなに早く結婚決めて」 「何で?少しでも早くしたかったけど?」 オレの返事に、貴晴兄ちゃんは一瞬あっけにとられたような表情(カオ)をして、そして笑った。 「そうだな――お前はそういうヤツだったな」 貴晴兄ちゃんは、オレの頭を撫でようとしたが、ギリギリのところで踏みとどまってくれた。 ようやくセットした頭なので、やり直しはキツイ。 「後で、めぐみの機嫌とってくれよ。もう、順ちゃん、順ちゃん、うるさいのなんのって」 「――……わ、わかった」 少々引きつりながらうなづく。
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